20.尻すぼみな作品の評価は難しい。

 今思い返してみれば、あの時の天城あまぎは随分と悠長だったし、楽観的であったと思う。


 実際、鷹瀬たかせの作品は既に全編を公開済みで、後は座して待つか、ネットの海を彷徨いながら宣伝して回るかの二択くらいしかやることが無いのに対し、久遠寺くおんじの作品はまだ半分以上が投稿されていない状況で、これからどんどん更新され、そのたびに新着順の検索に引っ掛かり、読者が増えて評価もされる。そんな可能性が残っているのだから、心配する事は無いだろう。そう高をくくっていたところはあった。


 しかし、


「伸びないな……」


 そう。


 伸び悩んでいた。


 勿論、久遠寺が作品を公開したコンテスト初日から比べれば、評価ポイントの数はある程度増えてはいたし、全く成果が無かった訳ではない。サイトの知名度や、やや注目度の劣る短編のコンテストであったこと、それから久遠寺が全くの新人に近い状態であることを考えると、むしろ善戦しているとすら言えるかもしれない。


では何が問題なのかと言えば、


「随分順調だな……」


 倒すべき相手鷹瀬紫乃が、もっと善戦しているからである。


久遠寺の投稿した『私の嘘、あなたの音』は、約一週間が過ぎた時点で評価者の数が三人。その合計ポイントは12。平均点は4点。そもそもの読まれている数が少ないというのもあるが、5点満点での平均4点は高評価と言って良いだろう。


 対して鷹瀬の作品は、


「18ポイントね……」


 18ポイント。評価者の数は6人なので、その平均点はジャスト3点。

 Novelstageノベルステージというサイトの仕様上、残念ながらその内訳に関しては確認することが出来なかった。ただ、言えることは、現時点で勝敗を決めてしまうのであれば鷹瀬に軍配があがる、ということと、平均点では久遠寺の方がまさっているという事だ。


 同じく部室内でサイトを確認していた久遠寺が不満をそのまま投げ捨てるように、


「何でアイツの方がこんなポンポン評価貰ってる訳よ。おかしくない?」


 天城はいたって冷静に、


「いや、鷹瀬は大分考えてきてるからな、そんなにおかしい事でもないかもしれんぞ」


 久遠寺は天城に湿った視線をぶつけ、


「どこがよ」


「そうだな……」


 天城はスマートフォンを操作して鷹瀬の作品ページを開き、


「こまめに改行をしているとか、行間が空いていて読みやすいとか、その辺の影響も無かった訳じゃないと思うが、やっぱり一番の理由は話の内容だろうな」


「内容って、」


 久遠寺は鼻で笑い、


「別にそんな凄いもんじゃなかったと思うけどな」


 天城は否定せず、


「そうだな。とんでもないものが出てきたわけじゃなかった。でも、分かりやすく、いい話だ。基本的にはな」


 鷹瀬がコンテストに出してきた“ memoriesメモリーズ”のあらすじは、簡単に纏めるとこんな感じだった。

 


 ある日の朝、主人公は駅から転落したヒロインを助ける。


 事が終わって顔をあわせてみれば、ヒロインは学校で同じクラスだった。主人公から見たヒロインは孤独で、誰とも仲良くならないイメージで、実際に助けてもらった後、ヒロインは主人公と無関係であろうとした。


 しかし、主人公からヒロインにアプローチし、友達とも言いきれない微妙な関係性からはじまり、少しづつ仲良くなっていった。


 ある日、主人公は違和感に気が付く。ヒロインの言動がどうもおかしい。気になりつつも仲良くしていた主人公はある日、彼女がいつも大事そうに持っていたノートを見てしまう。


 そこには今まで起きた出来事や、感情など、本来ならば「記憶」しているべきものがずらりと並んでいた。


 真実を知った主人公にヒロインは語り出す。自分はどんどん記憶力が無くなってきていると。だから、こうやって書き留めておかないと覚えておけないと。


 そして、仲良くなることを拒み続けたのも、これが理由であると。全てを知った主人公はそれでもなお、ヒロインと仲良くあり続けようとする。


月日は過ぎ、とうとう主人公の名前までも忘れてしまいそうになったヒロインは主人公に思いを告白する。それを聞いた主人公もヒロインが記憶を無くしてしまう前に、思いを伝える。かくして両想いとなった二人だが、その瞬間、二人は永遠の別れを迎える。


 その瞬間。主人公が持っていたペンダントが光に包まれる。そして、光が消え去ったのち、ヒロインに話しかけると、まだ主人公の事を覚えている。相変わらず記憶力は衰えたままだが、主人公に関することだけは何故かはっきりと記憶している。分かれるはずだった二人の感動の再開。物語はそこで終わっている。



 なるほど確かに良くできているといえば良くできていると思う。


 実際、見せ方も上手かった。


 まず初めの段階で、主人公がヒロインの手帳を発見するところを見せる。

 

 そして、出会いの瞬間へと戻った上で、細かな時間の変化や、事実関係はさらっと説明し、仲良くなった二人の別れという重要なシーンに文字数を大きく割いていた。

 

 それによって、ひょっとしたことがきっかけで仲良くなった二人が永遠の別れを迎えるという山場を大きく見せることに成功している。少なくともそこまでならば天城は間違いなくこちらに高評価を付けたはずである。


 しかし、


「でも、この終わりはないだろ」


 そう。


 だからこそ”基本的には”なのだ。


 どうやら久遠寺も同じ意見のようだった。 


 問題となるのは話の終わり方――もっと言えば設定面である。


確かに鷹瀬の『memories』は良い話に仕上がっている。死のうとしていた孤独な少女を救い、仲良くなり、記憶の問題が発覚し、永遠の別れになりかけて互いの思いを語り、最終的には無事助かるハッピーエンド。こうやって取り出せば何の問題も無いように見えるのだ。


 では、何が問題なのかと言えば、


「まあ、ちょっと無理やりだな」


 そう。


 話の展開が強引なのだ。


 主人公の力でヒロインの記憶が保たれた。そこはいい。


 問題は、その記憶が保たれた理由がはっきりしないことだ。一応主人公がずっと持っているペンダントが力を発揮したという風に捉えればそう捉えられないこともないし、二人の愛が繋ぎ止めたのであれば、それもまた、話としては綺麗な形になったはずなのだ。


 ところが、作中にはそんな説明が一切無い。


 それが、『memories』の持つ最大の問題だった。


 天城が予想を口にする。


「最初はバッドエンドだったんだろうな」


「バッドエンド?」


「そうだ。考えてもみろ。もし仮にペンダントがキーアイテムになるんだったら、その存在は最初の方で既に匂わせなきゃ意味がない。でも、このまま記憶が無くなって、思いは伝えたけど、永遠の別れになってしまったとなれば、ペンダントは一切必要ない。記憶が自然と無くなるのだから、説明の必要もない。話としては一応綺麗になる」


 久遠寺は疑問をぶつける。


「じゃ、何でこんな話にしたのよ?そっちの方が面白いんじゃないの?」


 天城は腕を組んで考え込んだ後、


「これは俺の想像でしかないんだが、」


 久遠寺が「うん」と頷く。天城は続けて、


「恐らくは、ハッピーエンドにしたかったんだろうな。鷹瀬自身が」


「何でまた」


「さあ?大方その方が受けるからとかじゃないのか?」


 久遠寺は一蹴するように鼻で笑い飛ばし、


「アホらし」


「俺もそう思う。ただ、一方で、ハッピーエンドじゃないと駄目だという層は確かにいる。そういう意味では鷹瀬の判断は正しかったことになる。事実これだけのポイントを獲得してるわけだしな」


 久遠寺は尚も不満があるぞという顔で、


「でも、この終わりだぞ?」


「でも、最初は良かったんだ。そうなると取り敢えず読み進めてはくれる。で、最後まで読んでみたら肩透かしをくらう。そこが無ければよかったんだけど……の落としどころが多分3ポイント位ってことなんじゃないのか?」


 久遠寺は「むー……」と唸り、


「んじゃ、どうりゃいいのさ。もう内容は弄れないぞ?」


「そうだな……」


 天城はかなり悩んだ後、


「そういえばSNSのアカウントって作ったか?」


「一応」


「それを活用する……ってのくらいしか思いつかないな」


「活用って……例えば?」


「まあ分かりやすいところで言えば、Novelstageを利用していると思わしき人をフォローしてみたりすることだな。後はプロフィールにURl貼るとかして、アクセスしやすいようにしておけば、」


 久遠寺が続けるように、


「見てもらえる可能性は増えるって訳か」


「そうだ。確実とは言わないが、やってみる価値はあるだろうな」


 久遠寺は一つ縦に頷き、


「分かった」


 スマートフォンを操作しだす。そんな姿を尻目に天城は主のいない部長机を眺める。


 星生は珍しく部室に顔を出していなかった。


 勿論、ただ単純に気が向かなかったから来ていないという可能性も決して否定は出来ない。星生葵という人間はつまるところそういう人物だ。


 ただ、一方で、そんな単純かつ適当な理由で部室に訪れないなどということは無いだろうという予感に似た確信もあった。


 ここ一か月以上天城はこの部室に出入りしているが、ただの一度も一番乗りになったことはないし、ただの一度も最後の一人になったことは無かった。恐らく久遠寺も一緒だろう。星生は誰よりも早くこの部室に現れ、誰よりも遅く、後にするのだ。


 それだけここに入り浸っておいて、気が向かないだけでこの部屋に来ないというのはちょっと考えづらい。クラスを知っていれば見にいくくらいの事は出来たのだろうが、残念ながら、それもしらない。唯一知っているのは通話アプリの連絡先くらいのもので。


(連絡してみるか……)


 天城が横目で確認すると、久遠寺は未だにスマートフォンを真剣な目で操作していた。そこには鷹瀬紫乃に対する対抗心もあるだろうし、曲がりなりにも賭けらしいことをしてしまった手前、引くに引けないという事情もあるだろう。


 しかし、そんな真剣さには、どこか自分の作品に対する自信が混ざっている。天城はそんな気がした。


 久遠寺は基本的にはプライドが高い。だからこそ鷹瀬と言い合いになった時に一歩も引かなかったし、流れのままに勝負を受けてしまったというところがあるし、後から訂正したりもしなかった。


 だが、一方で、もし自分の作品が鷹瀬の作品よりも劣っていると思ったのであれば、あんなにも真剣にはならないのではないかという気がどこかでしている。自分の作ったものが、自分が書いた作品が、自分の考えた物語が、鷹瀬の作ったものよりも面白い。そんな確信に近い感情を抱いていなければ、きっと既に降参しているのではないだろうか、そんな気がするのだ。


 だからこそ、


(よっ……と)


 この状況を何とか打開したかった。天城だって、何も適当にアドバイスをしたわけではないし、久遠寺の作品を出来得る限り良いものに仕立て上げたつもりだ。そのことを疑う気は毛頭ない。


 そして、それが鷹瀬の書いた『memories』よりも低評価になるような出来であるとも思っていない。だからこそ、


(星生に相談するのはちょっと反則な気もするが……)


 頼れる仲間に相談持ち掛けてみる。すると、


「今日、これから、門山出版の本社ビルに来られるだろうか。そこで話したいことがある」


 意外な内容が、やはり意外な早さで返ってきた。

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