Ⅵ.評価されるのに必要なのは

18.初めて投稿するのって何となく緊張するよね。

 そこから先は、天城が思っていたよりもずっと簡単だった。


 一週間後までにあらすじを考えてくるという課題を与えられた久遠寺は、どういう訳か毎日のように「現代文化研究部」に出入りし、そこでノートや時折スマートフォンとにらめっこし、うんうん唸ったり唸らなかったりしながら、課題に取り組んでいた。


 天城も初めのうちはアドバイスを求められるのかと思っていたし、実際何度か声をかけてみたこともあった。しかし、その度に久遠寺は、


「大丈夫」


 とだけ答えて、再び自分の世界に入り込んでいった。


 そうなってくると天城に出番はないし、やることも無いものだから、最後の方は毎日少しだけ顔を出してはすぐ帰っていた。そして、そんな帰り際、いつも久遠寺は真剣な表情で考え込んでいるのだった。もしかしたら部室の方が家よりも集中できる、という事なのかもしれない。

 

 実際現代文化研究部室のある場所は部室棟でも大分端の方であったし、周りの部活が同じく静かに活動をする文化部系だったこともあり、確かに部室内は集中しやすい状況ではあった気がする。


 そんな環境や、努力の甲斐もあってか、最終的な話は、久遠寺の持ってきたいくつかのあらすじのうちの一つを、やや改良したものに決定した。


 その話の筋はこうだ。



 主人公は成績優秀で、負けず嫌いだ。


 そんな彼女は進学した高校で、偶然隣の席となったヒロインから「ライブに来ないか」と誘われる。


 初めは乗り気でなかった主人公だが、ヒロインに押されるままチケットを受け取り、ライブへと足を運ぶ。正直そこまでの興味も無かった主人公だが、ヒロインの歌と演奏に圧倒されてしまう。

 

 演奏が終わった後。ヒロインから感想を聞かれ、一緒にバンドなりなんなりをしてくれる友達が欲しい事を告げる。主人公はそんなヒロインに「自分でよければ」と申し出てしまい、何故か経験もない音楽をやることになってしまう。


 それからというものの、ヒロインは主人公に演奏を聞きたいとせっつく。しかし、主人公は忙しいとか、ちょっと楽器を探し出しているところだとか言って交わしていく。それもそのはずだ。主人公は音楽などやったこともないのだから。

 

 何とかギターを入手し、演奏をマスターしようとする主人公。そうすれば、ヒロインに嘘を付いたことにはならないから。


 そんなある日、ヒロインからライブに出ると言われる。主人公も誘われ、本来ならばまだその域には無いはずなのだが、快諾してしまう。


 迫るライブの日。焦る主人公。つのるヒロインの期待。


 やがて主人公はヒロインに全てを白状する。しかし、ヒロインはそれを穏やかに聞き、ひところ「知ってたよ」と言う。ヒロインはただ、主人公と仲良くなりたかったのだと。だから、何でもいい。興味を持ってもらいたかったと。音楽が出来る出来ないなんてその後でもよかったのだと。そう告白する。


 お互いに打ち解けあった主人公とヒロインは一緒に練習をし、そして、ライブでツインギターで演奏をする。そんな途中主人公はヒロインのいつもとは違う、カッコイイ姿に見とれ、ヒロインもまた、主人公の必死な姿に見とれるのだった。



 勿論、ところどころ天城が手を加えていることは事実である。


 しかし、その核となる話は全て久遠寺が考えてきたものだった。


 久遠寺は本当に天城の言う通り、ありとあらゆるパターンのストーリーを考えていたし、その中には久遠寺本人を含む三人全員が「これはないな」と判断するようなものもかなり混じっていた。

 

 それらがいいウォーミングアップとなったのか、久遠寺本人が自信を持って出してきた後半の話は、どれもいい出来である、といっていいものばかりであった。やはり、才能はあるらしい。


 そして、そこまで行ってしまうと天城が手を加える余地は殆どなかった。


 何しろ、文章力だけは最初から優れていたのが久遠寺である。ストーリーさえ問題の無いものに出来上がってしまえば、後はチェックをする必要も、アドバイスをする余地も殆ど無くなっていた。

 

 天城としては手がかからなくて楽でいい反面、少し拍子抜けをしてしまったのだが、そんな反応に星生が、


「大丈夫。天城はいい仕事をした」


 と慰めっぽい事をいってくれたりもしたのだった。


 そうこうしているうちに、一週間、また一週間と時間はたち、遂にはコンテスト開始の前日になった。


 この手のネット小説大賞は、開催日の0時ちょうどから始まる、というのが通常である。


 だから、多少のタイムラグはあるものの、ずっと前から告知されているようなコンテストであれば、この0時の時点で全参加作品のうち、かなりの割合が投稿されるといってよかった。


 初めから参加する気であれば、投稿する作品はもうある程度準備している場合も多いし、そうでなかったとしても、取り敢えず最初の方だけ完成させて、見切り発車的に取り敢えず掲載しておいて、続きを必死に書いていくというパターンもある。


 後から参加する作品もあるにはあるが、多くの人に見られるためにはやっぱりこの「開始日の0時公開」というのが一番効率が良いのだ。


 投稿する方は自分の投稿ペースをある程度であれば把握しているだろうし、中には定時的に更新していく人も居るだろう。

 

 しかし、見る側からしてみるとそんな事は全く関係なく、更新があった作品で検索をかけた場合、引っかかるのは「その時間に更新があった作品」のみで、暫く更新されていないものはその網にかかりにくくなってくる。


 ところが「開始日の0時」であれば、一斉に更新状態になるわけだから、そこに格差は無いし、今回は既に公開されている作品では無く完全新作のみ(これはNovelstage側の試みらしい)であったこともあって、これからガンガン読まれて評価されていく作品も、全然駄目駄目で、沈んでいく作品も、取り敢えずは横一線にならび、見てもらえるという状況が作られていた。


 と、いう訳で、


天城「分かってるな?ちゃんと0時になったら公開するんだぞ?」


 今は天城と久遠寺、それから星生の三人で、グループチャットを使ってやり取りをしているところだった。


 本当であれば三人とも――少なくとも天城は久遠寺と一緒にいて、その一部始終を確認しておきたいところでもあったのだが、それは久遠寺から拒否されてしまった。

 

 曰く、そんな時間にどこかに出掛けているということも、誰かを(しかも一応は男子を)部屋に連れ込んでいるということも、親が許可してくれないというのだ。前々から思っていたのだが、随分と厳格に育てられているらしかった。その割にはあの性格だが、


久遠寺「分かってる。っていうかわざわざそんなもん確認されんでも出来るわ」


星生「念のため」


久遠寺「念のためねえ。別に要らないと思うけど」


天城「そうでもないと思うぞ」


久遠寺「そう?」


天城「そうだ。お前確か、縦書きで書いてただろ?」


 暫くの間。


久遠寺「そうだけど、それがどうした?」


天城「縦書きを横書きにすると意外と見え方が変わったりするからな。特にNovelstageは結構手軽な見やすさに力を入れてるっぽいし」


 そう。


 基本ネット上の小説投稿サイトは横書きであることが多い。


 その理由は様々だろうが、一番はやはりスマートフォンで見るときに見やすくするためではないかと天城は思っている。


 天城や星生辺りはまだまだパソコンも全然現役で使っているし、スマートフォンと併用しているような質であるが、世の中全員がそうであるとは限らない。

 

 なんだかの調査では、既にスマートフォンとパソコンを両方使っている人間より、スマートフォンのみを使っている人間の方が多いという結果が出たという話も聞いたことがある。

 

 時代はスマートフォンが主流で、ネット小説も当然、それでみられることを意識していかないといけないのだ。


 そんな天城の心配をよそに、


久遠寺「大丈夫よ。ちゃんと自分で読んで確認したから。ほら、プレビューってやつで」


天城「ホントか?」


 疑問符のついたスタンプを送信する。すると「OK」という文字スタンプが送信されたのち、


久遠寺「大丈夫だって。そこは確認したから」


 それでも不安な天城をよそに、


星生「それなら大丈夫だろう。それより、細かなルールは大丈夫?」


 やや時間があき、


久遠寺「評価ポイントが満点で5点だっけ?」


星生「そう。一人が一作品に入れられるのは5ポイント。お互いはお互いの作品にポイントを入れてもいいし、入れなくてもいい。後、自分と征路は必ず両方を読んで、ポイントを入れる。それから、SNSを使って宣伝をしてもいいが、今回の登録名で新しく作ったアカウントに限る」


 暫く後に「了解」という文字スタンプが送られ、


久遠寺「一つ聞いてもいい?」


星生「何だろうか?」


久遠寺「私が書いたのだけど、桃花に見せても大丈夫?」


星生「桃花?」


久遠寺「あ、ゴメン。私の友達」


星生「それなら大丈夫」


 一連の流れを見て疑問を覚え、


天城「俺も聞いていいか?」


星生「大丈夫」


天城「鷹瀬ってファンクラブあるよな?あいつがその会員全員に作品を読ませてってことがあるんじゃないのか?」


星生「それなら大丈夫」


天城「何でだ?」


星生「彼女は、小説家の顔を意図的に伏せている。恐らく、読ませる相手とは思っていない。後、念のため、自分の小説だから読めといってファンクラブの会員に見せるのはやめるようにと言いに行ったら、鼻で笑われた。そんなことで水増しすることは、向こうも望んでいないらしい」


天城「なるほど」


 それなら、取り敢えず心配はなさそうだ。久遠寺もそうだが、鷹瀬は輪にかけてプライドが高そうだった。


久遠寺「そろそろね、サイト開くわ」


天城「おう」


 そう返事をして、天城もNovelstageのサイトを立ち上げる。


 改めてみるとなかなか綺麗で見やすい。


 通常この手のサイトはトップに、サイトから書籍化したりアニメ化した作品の宣伝が載っているものだが、それもない。

 

 この辺りは出版社がバックについている強みなのかもしれないが、とにかくサイト内の作品を見やすくする試みが感じられる作りとなっていた。


 天城はそんなサイトにログインし、あらかじめ聞いていた久遠寺のアカウントページへと飛ぶ。


登録名は漢字で「彩」。


 恐らく文音あやねの”あや”から取ったのだろう。


 確か前に見た時はもっと凝った名前を使っていた気もするのだが、流石に二つ目となると思いつかなかったのだろうか。


 時計を見る。時刻は午後11時の59分を指し示す。後数十秒。自分が投稿するわけでも無いのだが、微妙に緊張する。秒針が時を刻む音が聞こえる。既に年季の入ったパソコンが老体に鞭を打つように音を立てる。座っていた椅子がぎしりと軋む。やがて、パソコンの時間表示が「11:59」から「00:00」にかわる。天城は一呼吸おいてから更新のボタンを押す。


 “私の嘘、あなたの音”


 今までひとつも小説が無かったそのページに、記念すべき一作目が表示される。その瞬間スマートフォンのバイブレーション機能が作動する。天城が手に取ってみると、


久遠寺「出来た。どうだろ」


 即答は出来ない。天城はその「New」というマークの付いた作品をクリックし、あらすじ部分や、公開されている本文を確認する。内容については既に目を通していたので。ざっと見栄えが悪くないかだけをチェックし、


天城「大丈夫だと思う」


 少しの間があき、


星生「同上」


久遠寺「よかった。ありがと」


 ありがと、と来たもんだ。天城は思わず首を傾げてしまう。ここのところの久遠寺はどうも素直すぎるような気がする。楽といえば楽なのだが、もうちょっといちいち棘があった気がするのだが。


天城「そんな返しが来るとは思わなかったぞ」


久遠寺「どういう意味?」


天城「いや、礼を言われるとは思わなかったという意味だ」


久遠寺「なんだとコラ」


 ほぼ同時に、怒った顔のスタンプが送信される。やっぱり久遠寺は久遠寺らしかった。


天城「取り敢えずこれで完了か。ちゃんと公開設定もしたよな?」


久遠寺「ん、ちょっと待って」


 間。


久遠寺「大丈夫。出来てる」


 公開設定というのはつまり「何月何日の何時に公開するよ」というのを事前に設定して置ける機能の事で、小説のみならず、フリーで創作物を投稿できるサイトは有料無料を限定しなければかなりの数がこの機能を搭載しているといっていいものだ。


 その時間に作者が更新を出来ればいいのだが、何分やっているのは人なので、ついつい忘れてしまうこともあるかもしれないし、そうでなくとも更新する時間には何となくそわそわしてしまうなんていうことが往々にして起こるのだ。


 そんなことを回避してくれるのがこの公開設定機能ないしは予約投稿機能なのであり、天城も久遠寺にその活用を勧めたのだ。


 理由は一つ。


 様々な人の目につかせるためだ。


 長編であればその更新回数は当然のように多くなってくるし、毎日のように定時更新をしていくことも可能である。その為「この曜日は殆ど確認出来ないけど、別の曜日なら日を跨ぐくらいには確認できる」という人にアプローチもしやすくなってくるのだ。


 一方で、短編となるとそうはいかない部分がある。


 なにしろ「短」編であるから、その尺は当然短い。したがってどんなに頑張ってもその更新回数は短くなるし、それを一週間かけて更新するのはちょっともったいをつけすぎているような気もする。


 と、いう訳で、天城は久遠寺に「丸一日くらいで全話が公開されるように設定すること」を勧めたのだ。それが有効な手段であるのかは実のところ天城もそこまで自信はないのだが、単純に全部一括で載せるよりはアプローチできる相手は多いのではないかと個人的には思っている。


 そんな訳で天城たちに出来ることはもうない。


 なので、


天城「じゃ、あとはまた明日だな」


星生「明後日の方がいいかもしれない」


天城「なんでだ?」


星生「明日だとまだ全部公開されてないから」


 天城は、そんな星生の意見に納得しかけたのだが、


久遠寺「や、明日で。一応、確認したいから」


 当の本人は全く納得していなかった。

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