Ⅰ.表向きは完璧美少女―久遠寺文音―

2.主人公に必要なもの。根性とか、体力とか。

 改めて考えてもやっぱり思う。


 久遠寺は才能がある。

 

 

 久遠寺が書いていた作品はアイドルものに影響を受けている。アイドルものと一口にいってもその内容は様々で、プロの仕事場を舞台にしているものもあれば、プロを目指すキャラクター達を描くものだってあるだろうが、久遠寺が書いていたのは後者だった。


 その場合、主人公のキャラクターは基本的に固まってくると天城は思っている。単純である。才能なんか何もない(そう本人が思っているだけということもあるが)けど、体力や根性。或いは両方が優れている。

 

 それに加えて、人を惹きつける魅力、つまりカリスマ性を持っている事が多い。このことに、主人公自身は最後まで気が付かないが、それがまた魅力につながるのだ。


 そして、その無鉄砲だけど魅力のある主人公が、壁にぶつかりながらなんとか成功していく……というのが基本的な筋になる。ちなみに、ここから「主人公が頑張りすぎてトラブルを起こす」までがセットになることも多いが、それはまあいいだろう。

 しかし、久遠寺の作ったキャラは違った。


 彼女が作ったキャラはこうだ。アイドルになるのは基本的に地位、名声、そしてお金のためで、それに必要な情報は持っているが、あこがれは一切持っていない。

 

 それじゃあ、打算的かといえばそうでもなく、常に一生懸命だ。その上、この手のキャラにありがちな「家が貧乏」だとか「昔貧乏だった」という体験がない。つまり、彼女がお金やらなんやらにこだわるのは、もっと深い理由があるのだ。その理由はあのまま読んでいけばきっと明かされていただろうし、納得のいくものだったはずである。


 だからこそ、天城は興味を持った。


 だからこそ、共闘体制を組むことを提案した。


 なのに。


「……あんな頑なに断られるとはなぁ」

 


          ◇          ◇



 話を戻そう。久遠寺に可能性を感じた天城は手を組むことを提案した。今でも良く覚えている。あの時の顔と手の差し伸べ方は、天城征路という人間を全く知らない女子相手なら100%オトす自信のあるものだった。自慢ではないが、容姿はそれなりに整っていると思っている。そんな懇親の誘いに対し久遠寺は、


「は?何それ。意味わかんない」


 これである。控えめに言って玉砕だった。天城は更に続けて、


「そうだ。手を組むんだ。そうすればきっと……あ?」


「や、だから、意味わかんないって。何よ、てっぺんって。馬鹿じゃないの」


 憐れむように鼻で笑う。思わずひっぱたいてやろうかと思ったが何とか踏みとどまり、


「……そのままの意味だ。俺とお前で手を組めば、作れると思ってな」


 久遠寺は数回瞬きをした後、腰に手を当てて、大きくため息をつき、


「あのさぁ」


「なんだ」


「あんた、それ、本気でいってんの?」


「勿論。このキャラクターは久遠寺が考えたのだろう、ならば、」


「や、そうじゃなくて。手を組むって話」


「……何かおかしいか?」


 久遠寺は「そこから?」といった感じに笑い、


「いやいや。あんたさっきここで私と会ってからのこと思い出してみなよ。今までの流れからそんな事言われて、素直にはい、やりますって言うと思うか?」


「……駄目か?」


「駄目に決まってんだろ。好感度だだ下がりだぞお前」


 天城は納得し、


「ふむ、そうか」


「やっと分かってくれたか」


「それなら好感度を上げればいいわけだな。なるほど。そういえばこれの良いところを上げていなかったな。例えばだな、」


「ごめん、ちょっとストップ」


「なんだ?」


「いや、なんだ?じゃなくて。別にそれ褒められたらどうって話じゃなくてな。そもそも天城と手を組む気がないってこと」


「何故だ?」


「当たり前だろ。別に天城を貶めるつもりは私だってないよ。でも、じゃあかといって天城が優れてるって保証はどこにもないだろ。そのうえ好感度ストップ安状態で手を組もうとか言われてもなぁ」


「保証はない、か……」


 天城が顎に手を当てて考えた後、


「それなら、件のハウツー本だってそうだろう。あれが優れてる証拠なんて、」


 久遠寺はエントランスの方を親指で指しながら、


「でも、あれを書いたのはここの編集長だ。天城より実績がある。そっちを信じるのは自然だろう」


 天城は余計にも、


「俺からしたらここの編集長も余り信頼ならんのだがな。そもそもこの出版社自体が最近は右肩下がりで、」


「とにかく!」


 口を紡ぐ。久遠寺が目線で天城にくぎを刺すようにして、


「私は天城と手を組むつもりは無い。それだけだから」


 翻すようにして、エントランスへと歩いていく。コツコツという足音だけが響く。天城は最後まで手に持っていた作品の片割れを返すことが出来なかった。



          ◇          ◇



 そんな訳で天城の提案はあっさりと断られてしまった。


 久遠寺の主張も分からなくはないのだ。

 

 実際に久遠寺を挑発するような言動をしたことは分かっているし、向こうからしたら天城征路という人間が、全く信頼できない男であるというのももっともだ。だから、世に名の通った編集長が書いたハウツー本を信じるというのも理解できる。


 しかし、一方で仕方のない側面もある。


 いくらお互いの素を知っているとはいえ、天城がああやって挑発をしなければ、久遠寺だって多くは語らなかっただろう。久遠寺も「これだけで売れっ子作家!物語の作り方」を持っていたというのは幸運だったが、小説を書いているという事に関してもある程度自信があった。大量の印刷物を入れた紙袋を持って出版社に出向く理由など、そう多くはないはずである。


 そして、その才能もまた、天城は確信していたといって良い。何といっても”あの”久遠寺文音なのだ。完璧超人で、男子からも、女子からも人気があり、教師受けもいい。そして、


「……やっぱ、明日もう一回アタックしてみるか」


 呟く。天下の久遠寺文音は天城の言う事など……いや、天城の言う事だからこそ聞いてくれないかもしれない。


 それでも、トライしてみよう。


 それはきっと、天城にとっても良い話のはず、なのだから。



 

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