ヒガンバナのせい


 ~ 十一月十五日(木)

        ヒスイの脱出路 ~


   ヒガンバナの花言葉 再会/諦め



 昨日、制服につけてもらったそのままに。

 よくできたでしょうバッジを付けたまま歩く藍川あいかわ穂咲ほさき


 お花屋と同時にワンコ・バーガーも宣伝ですが。

 珍しく行われた服装検査で没収です。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は探偵帽子の形に結って。

 ……いえ、ちょっと待ってください。

 口元にパイプ型に編んだ髪がぶら下がっているのですが。


「じろじろ見ないで欲しいの」

「いえ、それ、ほんとどうなっているのです?


 テストももうじきだというのに。

 まったく授業に集中できません。


「それより、探偵ドラマが佳境なの」


 などと言いながら。

 久しぶりに劇団員を机の上に展開させる穂咲を叱るのも忘れて。

 針金も使わずに作られた奇跡の品を観察していたのですが。


 さすがに、ドールハウスまで持ち出されては黙っていられません。


「それ、どうしたのです?」

「パパの部屋にあったの」


 あったからと言って持って来て。

 持って来たからと言って机に置いちゃいけません。


「ここんとこを伝って、ここにある宝石を盗み出すの」

「ほうほう」


 叱ろうと思ってはみたものの。

 俺の大好きな悪役俳優さん。

 赤黒消しゴムさんが真犯人となると。

 ちょっと興味がそそられます。


 周りを真っ黒に塗られたその日に。

 平凡で安定した、消しゴムとしての人生を投げ捨てて。

 俳優一本という人生を歩むことになった彼が。

 ドールハウスの二階の窓から侵入しようとして……。


「むう、サイズ的に通らないの」


 急きょ、俺の嫌いなコンパスさんに役を奪われてしまいました。


「酷いのです。でも、ちょっと面白そうなドラマですね。それを主人公の探偵が推理するわけだ」

「……主人公はこの人なの」


 そう言いながら。

 穂咲はコンパスを突き出しますが。


「え? 探偵ドラマですよね? 犯人が主人公?」

「そうなの。お宝を盗んだ後は、警察とカーチェイス。ぼんぼん爆発するの」

「探偵は? 今回は出番なしですか?」

「そう言えば、もうこのクールも半分終わったのに出て来てないの」

「怪盗ものなのです!」

「…………秋山。何か言いたいことは?」

「怪盗ものなのです!」


 せっかく面白そうな探偵もののドラマを見ることが出来ると思ってワクワクしたというのに。

 がっかりです。


 俺は頬を膨らませながら。

 何か言いたいことでもありそうな先生の前を横切って廊下に出ると。

 早速、二階の窓から侵入するというトリックに思いを馳せます。


 庭に高い木があったりすると。

 犯行可能に思えるものですが。


 でも、大抵そちらはミスリード。

 本命は、その木を調査している間に画面の隅に映っていた釣り用の電動リールだったりします。


 あるいは犯人が軽ければ、地面からベランダにロープを通して。

 片方の先に足をかけて、逆側を引っ張れば即席エレベーター。


 でも、意外とこれは上手いこといかなくて。

 滑車の様なものを使わないと、引っ張り上げることなどできないのです。


 と言うのも、小さな頃に試したことがありまして。

 父ちゃんが面白がってベランダに作ったエレベーター。

 俺と穂咲が実験台になって『滑車を使わないと無理じゃん』という結論に達するまで、何回落ち葉クッションに落下したことか。


 …………あれ?


「思い出したーーーーーーーーーーー! 王女様の宝置き場!」

「うるさい。隣のクラスで立ってろ」



 ~🌹~🌹~🌹~



 王女様の脱出路。

 確かに存在していたのです。


 大人たちには内緒にしていたそのルートは。

 危ないところはおじさんが補強してくれて。

 汚れないようにおばさんが掃除してくれていたそのルートは。


 穂咲の家の、掃除用具入れから一階の屋根裏にあがって。

 換気用の枠を外すと雨樋を伝って庭に降りることが出来て。


 さすがに今はもうない土管のトンネルをくぐるとうちの庭に出て。

 錆びた滑車しか残っていないエレベーターを使って、同じように一階と二階の隙間に入ると……。


「ここ。昔は物置部屋だったのですが、この下は王女様が脱出する際、追手から逃げるために必要なものを保管しておく宝の部屋だったのです」

「覚えてる。しかし、下から持ち上げることはできても上から引っ張るには道具がいるんだ」


 藍川親子と共に、父ちゃんの帰りを待っていたのは。

 現在、俺の部屋と呼ばれる場所なのです。


「早く! 秋山さん! 私の命がかかってるの!」

「え? ええ。ちょっと待ってください……」


 俺と穂咲に両腕を掴まれてじたばたともがくおばさんに。

 凄い剣幕でせっつかれた父ちゃんは。


 困惑顔を浮かべながら、吸盤が二つ付いた金属の道具を鞄から取り出しました。


「……うちの会社で使ってるサッカー、古くて重いんだ。大変だった」

「サッカー? っていうのですか、その道具」


 父ちゃんは小さく頷くと、サッカーという道具をフローリングの床にぎゅっと張り付けて。


「……タッチ」

「なさけないねえあんたは!」


 力仕事なので、母ちゃんとバトンタッチ。


「このまんまひっぱりゃいいのかい?」

「吸盤は言うほどしっかり張り付かんからな、慎重に」

「はいはい。ほいっと」


 母ちゃんが引っ張ると。

 驚くほどあっさり、床板が外れたのですが……。


「あったのーーーー! あたしの宝石箱!」


 クモの巣やら埃やらにまみれた宝石箱を。

 穂咲は大喜びで床下から取り出しました。


「……見つかって良かったのです」


 俺が声をかけると。

 穂咲はちょっと涙ぐみながら首を大きく縦に振って。


「やっぱり道久君が犯人だったの!」

「おい」


 酷いことを言い出すのでした。


「さあ早く! ほっちゃん! 中のブローチを出して!」

「はいなの。ふんぬー! ……留め具が硬いの。ん」

「便利ですね俺は。……ふんぬー! か、硬いのです!」

「なんでいちいちあたしに回ってくんのさね!」


 文句を言う母ちゃんが楽々留め具を開いたその中に。

 ヒスイのブローチが……。


「なんか、黒っぽいゴミしか入ってないけど?」

「ウソ!?」


 おばさんが、母ちゃんから宝石箱をひったくるようにして中を覗き込んで。

 そしてがっくりと膝を突きます。


 ヒスイのブローチは、ここに入っていませんでした。


「まあ、じっくり探すのです。幸い、おばあちゃんにはまだバレていませんし」

「そうね……。ん? 携帯が鳴ってる……」


 おばさんがポケットから携帯を取り出して。

 画面を見た後。



 それをぽとりと床に落としてしまいました。



 ……そこには。

 黒船に乗ったペリーのスタンプが張り付けられていました。



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