アルストロメリアのせい


 ~ 十一月十四日(水)

        怪盗の美学 ~


   アルストロメリアの花言葉 華奢



 ここの所、大繁盛のワンコ・バーガー。

 定常的にバイトさんを雇わないと回らないほどの賑わいを見せており。

 俺もこいつも会ったことが無いバイトさんが何人かいるほどなのです。


 でも、こちらの方はもちろん知っています。

 知ってはいるのです。

 知っているのですが……。


「ええと、お名前はなんと言いましたっけ?」

「え? 名前、憶えてくれてなかったの?」

「うかがったことが無いのです」

「え? え? そうだっけ? まあいいや。ひいらぎ晴花はるかって言います。ちゃんと覚えてね、道久君」


 こちらは、先日ゴミ拾いをしていたところを俺が強引にリクルートした、元社会人のお姉さんで。

 あれ以来、毎日ワンコ・バーガーで働いて下さっています。


 そんなことになったきっかけ。

 バイトをほっぽらかしてゴミ拾いしたいとか言い出したこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は編みおろしのポニーテールにして。

 その編み目に、白からピンクへのグラデーションが美しいユリズイセン、アルストロメリアを一輪挿しています。


 そんな穂咲と俺と晴花さん。

 夕方のワンコ・バーガーへ呼び出されたのですが……。


「おう、よく来たな!」

「カンナさん。内装工事、終わってるように見えるのですが」


 あまりの賑わいに対応しなければいけなくなったため。

 客席の方にあるバックヤードを壊して、席数を増やす工事を行ったのですが。


 俺の知り合いの、ロボットまでこさえてしまう工務店を紹介してあげた所。

 たったの二日で工事どころかクロスと床の張替えまであっという間に終わらせてしまったようなのです。


 しかし、仕上げを手伝えと言われて呼び出されたのですが。

 どこを仕上げろと言うのでしょう?


「あのね、カンナさん。ここ、新しいレジのカウンター、尖ってて怖いの」

「そうそう、そういうとこだよ。お前ら、ちゃんと大人の目を持ってるからな。気になるとこどんどん言ってくれ」


 大人の目と言われて照れくさそうにしている穂咲は。

 最近導入された、『よくできたでしょうバッジ』を付けてもらって喜んでいるのですが。

 大人なのやら子供なのやら、よく分からないやつなのです。


「晴花は元社会人だし、お前らも店の鍵まで預けてる程のベテランバイトだし。頼りにしてっからな!」


 カンナさんはそう言いながら。

 穂咲が指摘した部分をヤスリで削り始めましたけど。


 ……正直。

 穂咲の大人の目と言う奴を。

 俺は間違いなく持っていないので自信がありません。


 しょうがない。

 木くずとか目立ちますので、箒でもかけていましょうか。


「しっかし、秋山が晴花連れてきた時にゃ驚いたぜ! 恋人ですって紹介されるのかと思ってひやひやした!」

「そんなわけ無いでしょうに」

「あたしもびっくりな体験でしたけど、でも、穂咲ちゃんが彼女さんですよね?」


 晴花さんの何気ない言葉に。

 三者三様、微妙な表情を浮かべます。


「……いえ。断じて違います」

「え? え? え? そうなの道久君? ほんと?」

「まあ、察してやれよ。……それより、どうやってこんな美人ナンパしたんだ?」

「穂咲がナンパしたんですよ。丁度話題にしてた美人のデザイナーさんに似てたからって」


 俺たちは、かいつまんで穂咲のブローチの話をしてあげて。

 美人の、高校生芸術家について説明したのですが。


「だからね? 晴花さんみたいな、華奢な感じの人かなって思ったの。カンナさんみたいではなく」

「どういうこったよバカ穂咲!」

「そういうところじゃないのでしょうか」

「なんだよ、どいつもこいつも! お前ら二人はバイト代無しな!」


 ありゃりゃ。

 穂咲の軽口のせいで、またただ働きにされそうです。

 そんな修羅場に、さすがはこの方。


「みんな、休憩にしないか? まかない出来たから」

「このあほんだら! 空気読めよ!」

「ひいっ!? な、なんのことだい?」

「作っちまったもんはしょうがねえか。……じゃあ、バイト代代わりに好きなだけ食え!」


 カンナさんが手を洗って、厨房へ入って行ったので。

 俺たちはくすくすと笑いながら、後を追いました。



 ……厨房のテーブルには、一つの席に二つずつ、見たことのない包みが置かれ。

 どうやら新作の味見も兼ねていたようなのですが。


「ん! 凄いの! タイカレーバーガー、絶品なの!」

「ほんとだ。これで二百五十円ならバカ売れです。あと、目玉焼きが欲しいところです」

「焼く? 晴花さんもいる?」

「え? え? は、はい。お願いします」

「それならいつもみてえのじゃなくって、セルクル使って焼け。味は想像つくが、問題は挟めるかどうかだな……」

「プラス五十円ってところですかね。穂咲、S玉使えよ? ここに挟むんだから」

「がってんなの。……晴花さん、キョトンとしてるの。どうしたの?」


 穂咲が晴花さんの様子に気付いて声をかけたのですが。

 確かに、なにやら驚かれているようです。


「えっと、慣れてるんだなあって思って」

「そりゃそうなの。この店は、あたしがここまで大きくしたようなもんなの」

「でかく出ましたね。でも、鍵を預かっている程度に仲がいいのは確かなのです」

「そうなの。あたしの鍵は、失くすといけないから道久君の部屋にある机の引き出しに入ったまんまだけど」

「おい」


 それじゃ、お預かりしてる意味無いじゃないのさ。


 ……え? ちょっと待って?

 いつから入れてるの?

 俺、知らないんだけど。


 唖然としながら、くだらない話をしながら。

 のんびりハンバーガーを味わっているうちに、あっという間に穂咲特製の目玉焼きが五つ焼きあがります。


 それをお皿に乗せて、振り返るなり。

 穂咲は、いつものようにポケットから虫眼鏡を取り出しました。


「事件なの!」

「……急に何だ? なんの真似だ?」

「こいつ、最近探偵にはまっているのです」

「バカ穂咲が探偵?」


 ハンバーガーにかじりつきながら、鼻で笑ったカンナさん。

 随分とタイカレーバーガーがお気に召したようですが。

 それ、二個目ですよね?


 ……あれ?

 カンナさんの前には未開封のバーガーが一つ残っていますけど。


 ってことは……。


「あたし、ぜったい一個しか食べてないのに無くなったの!」

「え? え? 自分で食べたんじゃ?」

「だって、もう一個は目玉焼き挟もうと思ってたの!」


 そう言いながら、キョロキョロと消えたハンバーガーを探す迷探偵ホーサキ。

 でも、君が探してる証拠品なら。

 カンナさんのすぐ後ろにあるゴミ箱に突っ込まれていると思いますよ?


 ……俺の視線に気付いたのか。

 カンナさんは、口に一本指を立てながら穂咲の席の前に何かを置いたのですが。


「むむむ。迷宮入りなの」


 レジ周りまでハンバーガーを探しに行った迷探偵が戻ってきて。

 そして、テーブルに置かれた二百五十円を見て驚きの声を上げます。


「まいどありっ!?」


 代金を両手に乗せて、おろおろとする穂咲に気付かれないよう。

 俺は律義な怪盗をじっと見つめながら問いただしました。


「……バイト代?」

「レジの角、あぶねえとこに気付いてくれたからな」

「俺の分は?」

「目玉焼き、一個五十円って決めたのてめえじゃねえか」


 はあ、さいですか。

 確かに穂咲が焼いたの、五個ですね。


 俺は、バイト代の二百五十円を。

 まとめて重ねて一口で飲み込みました。


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