ブバルディアのせい


 ~ 十一月十三日(火)

        王女様の脱出路 ~


   ブバルディアの花言葉 知性的な魅力



 宝石箱に続いて、今度は見覚えも無いブローチ探しを手伝わされて。

 昨日はまるで寝ていない俺を捨て置き、自分はとっとと寝てしまった薄情者のこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りでお団子にして。

 そこにピンクの十文字、ブバルディアをポコポコと生やしているのですが。


「……昨日はどたばた朝までうるさかったから、まるで眠れなかったの」


 酷い言い草なのです。



 さて、そんな睡眠不足ちゃんを伴って。

 お昼ご飯を買うために購買へ移動中。


「君が寝坊してお昼ご飯の材料を忘れたせいで大変なのです。急がないと、めぼしい商品が売り切れてしまいます」

「急ぐのは分かるけど、だったらなんで遠回りしてるの?」

「向こうの階段は工事中ですよ。朝、先生が言っていたじゃないですか」


 この学校は、校舎の中央と両端近く、合計三つの階段があって。

 どの生徒も上下移動にはこれを使います。


 ですが、昨日から両端の階段は大規模な補修工事を行っていて。

 中央階段しか使うことが出来ません。


 五、六人でしょうか、俺達より速く走る人たちに抜かれましたが。

 それでもチャイムと同時に教室を出て、かなり急いで来たので。

 さぞかし空いているだろうと購買に入ってみれば。


「げ」


 そこはすでにぎゅうぎゅうの人混み。

 とても飛び込む気にはなれないのです。


「大変なことになっているのです。空いてから余り物を買います? それとも、修羅への道を歩みます?」

「…………おかしいの」

「え?」


 穂咲はあごに手を当てて。

 ありもしない無精ひげをじょりじょりとさすると。

 いつものように虫眼鏡を取り出して、迷探偵・ホーサキへ変身したのです。


「ワトヒサ君! 事件だ!」

「事件と言いますか、見た目的にはテレビで見たオイルショックの時の映像に似ています」

「あたし達、廊下をそれなりの速さで走ってきたの!」

「そうですね」

「誰にも抜かれてないの!」

「そうでした?」


 何人か、猛ダッシュで俺たちを追い抜いて行った人もいるのですが……、ん?


「ほんとだ。ホーサキさん! 事件です!」

「なの」


 どう考えても、ここまで混んでいるのはおかしいのです。

 それによく見れば、俺達の教室より遠くのクラスから来てる人が結構いるのですけれど。

 チャイムが鳴るより早く出てきたフライング組が何割かいるとは思いますが、これは有り得ないのです。


「ホーサキさん! この謎の裏には……」

「王女様の脱出路があるの!」

「え?」

「お妃さまの絵の下とか、暖炉の中とか」

「俺も言おうとしていたので意味は分かるのですが。抜け道のことですよね?」

「そう! そしてあれは、近衛兵長さんとの恋が芽生える憧れの場所なの!」


 芽生えるうんぬんはともかく。

 俺達の知らない別のルートを使ったとしか思えません。


 ですが、校舎両端の階段は使えませんし。

 一階の一番どん詰まりにある購買まで早く到着するには……。


「教室のベランダから非常階段を使って降りてきたのですね」


 教室の外、横にまっすぐ繋がったベランダは、両端に非常階段が付いていますので。

 でも穂咲が口をとがらせて文句を言います。


「非常階段に出るには発泡スチロールのボード破らないといけないの。そんなことしたら怒られちゃうの」

「いいえ。俺も何度かやったことあるのですけど、発泡スチロールがはまってる鉄枠、飛び越えることできるんですよ」

「危ないの」

「そうでもないよ? 女子はスカートだからできないかもしれないけど。……あとは階段を下りきって、そこの扉から中に入れば王女様の脱出路の完成なのです」


 俺は穂咲の手を引いて廊下へ出たのですが。

 自分で口にして気が付きました。

 小さな頃、二人で見たアニメに出てきましたね、王女様の脱出路。

 真似して俺達も作ったような覚えがあります。


 おぼろげな記憶へ心を奪われながら。

 廊下の突き当りに据えられた、外へ出る扉のノブを引いたのですが。


「……あれ? 鍵がかかってる。ここじゃないのですか?」


 この鉄扉、廊下の側には鍵穴しか見当たらないのですが。

 外側も鍵穴だけが付いているのでしょう。

 外につまみが付いているオートロック式ならば謎は全て解けるのですが……。


「それじゃ、鍵の意味無いですし。外から入り放題なのです」

「なんのことだねワトヒサ君! 何が外から入り放題?」


 こんな理論的な話も。

 こいつに説明したところで理解してもらえる気がしません。


「入り放題なら思い当たるとこがあるのだよ。あのね、駅前の商店街のね……」


 俺は穂咲の説明も聞かず。

 他の可能性を考えながら中央階段まで戻ったのですが。

 やはり、どうにも腑に落ちません。


「理論的に考えれば考えるほど不自然です」

「だから、王女様の脱出路なの。それで万事解決なの」


 その脱出路を探しているのですけど。

 ほんとにこいつは探偵というものを分かっていません。


 探偵たるもの目をさらにして、不自然なことをよく観察して……、あれれ?


「不自然っ!」


 あれだけの生徒が、まるで購買から出てこないなんて。

 俺は慌てて購買へ戻ると、ようやくその正体を見つけました。


「窓から出入りしとる!」


 男子はずるいよね~と話しながら、女の子たちが俺の横を抜けて廊下へ出て行きますが。

 これは何とも、とんだショートカットコースなのです。


「……ずるいの」

「まったくです」


 それに、危険ですし。


 俺は葉月ちゃんに連絡して、お姉さんに伝えておくようお願いしました。

 これで危険なルートは封鎖されるでしょう。


「元、生徒会長さんの力に頼りましょう」

「そうなの。非常識なの」


 さて、謎は全て解けましたが。

 そんな事をしている間に、商品もかなり無くなってしまったようで。


 俺と穂咲はジャムの入ったジャンボコッペパンを買って、半分こすることに決めました。

 これにて一件落着。

 めでたしめでた……。


「どうせなら、脱出路を使って戻ってみるの。どっこらせ」

「何やりだしました!? ちょっと王女様! おパンツが! おチラあそばれていらっしゃいます!」


 妙なことをし始めたお転婆王女様のせいで。

 教室に戻るまで驚くほど時間がかかり。


 ……お昼休み、終わってしまいました。



 なので穂咲と二人、教科書で隠しながらコッペパンを食べようとしたら。

 先生に見つかって。

 二人揃って廊下へ立たされました。


「……道久君の方が、ちっと大きいの。王女様のと取っかえるの」

「食べ過ぎると、また脱出路でお尻がつかえますよ、王女様」




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