マーガレットのせい
先日、赤坂でご挨拶させていただいた藍川の長男です。
これは、ようこそ娘の誕生パーティーに。どなたかに紹介されていらっしゃったのかな?
いえ。本日はお願いがあってまいりました。新宿の金細工師から購入されたヒスイを、どうか買い取らせていただきたいのです。
……それはどういうことかな? 訳を言いたまえ。
僕の不徳で、母に惨めな思いをさせてしまいました。ですが、母が言い訳に頼らぬ以上、それに僕が頼るわけにはいかないのです。
要領を得ないね……。いや、君。こんなところで手をつかないでくれたまえ。
この通りです。どうかお譲りください。
どうなさいました、お父様。
私にも訳が……。彼は、私が君に準備したプレゼントを欲しいというのだ。
まあ。…………お父様。中身も知りませんが、私はそちらの品に頭を下げるほどの思い入れはございません。価値が分かる御仁が持つべきと思います。
ふむ、そうか。君は藍川の家督を継ぐ身だったな。
はい。遠からずそうなることでしょう。
ならば一つ貸しとさせていただこう。……誰か、プレゼントの箱を持ってこい。
ありがとうございます。お嬢様も、ありがとうございました。必ず、家督を譲り受けた暁にはこちらをお返しに参ります。
いらないわよ。それより、男性が頭を下げるなんてみっともない。
その言葉……、まさか、君は!?
え? どこかでお会いしましたか?
ええ。その節はお世話になりました。
失礼、どうしても思い出せませんわ。……それより何度も言わせないで下さい。男性が滅多に頭を下げるものではありません。
……いいえ、君は間違っています。
え?
人が感謝の気持ちを隠す必要など、どこにもありませんよ?
~ 十一月二十二日(木)
ヒスイは見ていた ~
マーガレットの花言葉 真実
「暇だな」
「そうですか?」
「なんか、すげえ事件とか起きねえかな?」
「俺は平和な方がいいのです」
この返事がお気に召さなかったようで。
悪友がふてくされる隣りでは。
渡さんが柳眉を吊り上げつつ、ひそひそと話していたりします。
「……修学旅行の時、男子用のお風呂が覗かれたって話があったでしょ? あれ、実は女子風呂を覗こうとしてたらしいのよ」
「そういう事なら、この名探偵に任せるの。犯人は道久君なの」
ひそひそと、酷い事を言い出す迷探偵ホーサキこと
軽い色に染めたゆるふわロング髪を低い位置でお団子にして、そこにマーガレットをこれでもかと植えているのですが。
群れ咲く白いお花は実に可愛らしく、今日のヘアアレンジは合格とします。
でも。
「君は不合格です。なにが名探偵ですか」
「女子のひそひそ話を聞いてるとか、あり得ないの! お縄につくの!」
「なんで俺が」
「きっとほっかむりして鼻の下を伸ばしながらお風呂に忍び寄ったの。変態なの」
「ほっかむりなんてしてません」
とは言え後半は否定できないので。
うやむやにしておきましょう。
……そういった心の乱れを。
真の名探偵が見逃すはずはありません。
「怪しいわね。……そう言えば秋山、あの晩、旅館の外で立たされてなかった?」
「さあ。いつもの事なのでよく覚えていないのです」
鋭いなあ。
ばれないようにばれないように。
「やっぱり怪しい。隼人は何か聞いてない?」
「聞いてねえけど」
うわあ。
そして六本木君は、まるで息をするかのようにウソをつくのです。
でも、恋人というものは。
女子というものは。
どうしてここまで自然な返事がウソと分かるのでしょうか。
渡さん、あっという間に怪訝顔なのです。
「……ほんと?」
「ほんとだって」
これはマズイ。
六本木君が陥落するのも時間の問題。
そう思っていたところに助け舟。
お調子者の柿崎君が、小さなアルバムを片手に声をかけてきました。
「修学旅行の話か? 俺、撮った写真プリントアウトしてきたぜ!」
「お、おお! 今どきプリントアウトとか、香澄みてえなことすんのな!」
「何よ! 写真ってこうなってる方が味があるじゃない! ね、柿崎?」
「俺もそう思うぜ。六本木は分かってねえ」
そして渡さんと穂咲は、男子ならではのバカ写真がたくさん詰まったアルバムをめくって大笑いし始めましたが。
よくもまあ。
自然な流れで話を誤魔化しましたね。
もっとも。
六本木君が白状することになったら、男子一同いもずる式に検挙されるわけですから。
必死になるのも頷けます。
こういう時の、男子の結束。
どうしようもないほどに固いものなのです。
修学旅行ならでは、男子ならでは。
変な写真一枚一枚、身振り手振りも大げさに解説する柿崎君。
すっかり楽しくなった渡さんがページを捲ったその時。
俺は一枚の写真を見て。
椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がりました。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
あまりの大声に、クラス全員の目が集まりますが。
「うるさいの。おかしな道久君なの」
眉根を寄せる穂咲ですが。
「こここっ、これ! 穂咲、これ!」
そこに写る、修学旅行での俺達の部屋。
テレビの横に置いてあるオブジェ。
こんなの見たら、叫ばずにはいられません!
「ブローチなの!」
「金の籠に入ったブローチ! まさかこんなところに!」
「あったの!」
「あったーーーーーーーー!」
「やっぱり道久君の部屋にあったの!」
「え? お前は何を言って……、おお、ほんとなのです!」
写真を見るまで忘れていました。
でも、確かにこれ、見た覚えがあるのです!
またも推理を的中させた穂咲と共に、写真を指差して目を丸くして。
そしてハイタッチからのあっちむいてほい。
ですが、浮かれる俺たちの正面では。
同じ写真を見つめたまま固まる渡さん。
どうしたというのでしょう?
一体、ブローチの他に何が映って……。
げ。
奇跡の写真に収められていたものは。
母ちゃんの作ったオブジェのとなりで。
ポーズを決めた六本木君のほっかむり姿。
…………万事休すなのです。
「隼人」
「はい」
「あんた一週間奴隷に決定」
「奴隷っ!? ふざけるな! だれがそんな真似……」
「焼きそばパン買ってこい」
「い、いやあの、香澄さん? もう授業が始まるところなのですが……」
「十、九、八」
「ちきしょう!」
いつの間にやら席に着いて、教科書を逆さに広げて持ったままガクガク震えている柿崎君をにらみつけながら六本木君が廊下に出ると。
「六本木! 何をやっとるんだ!」
「俺にも分かりません!」
ちょうど入って来た先生が、目を丸くさせてその背中を見送ります。
「やれやれ。自業自得なのです」
しかし、これで諦めていたブローチも見つかりましたし。
あんな場所でポーズを決めた六本木君に感謝なのです。
早くおばさん達にも教えてあげないと。
俺はこっそり携帯の電源を入れたのですが。
「……道久君、宿の外で立たされてたのって、六本木君と関係あるの?」
「げ」
……そう。
一人が掴まると、いもずる式にずるずると。
「ねえ、なんで?」
迷探偵が、虫眼鏡を向けてくるのですが。
やれやれ、やむなしなのです。
日直ではありませんが。
俺が号令をかけましょう。
「起立。気を付け。礼。……俺以外着席」
「……それで反省のつもりなの?」
「…………男子全員、起立。右向けー、右」
今日の授業は、女子だけで受けることになりました。
※気になる方は、「15冊目 クレマチスのせい」をご覧の上、
「あったーーーーー!」
あるいは、
「あったのーーーー!」
と、お叫び下さい。
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