オキザリスのせい


 あの品を?


 はい。なんとか手に入れたいのです。


 あれはどういうわけか、別々に売れてね。籠の方はふらっと来た客が買っていったんだが、クジャクの方はブローチに加工して常連さんに売っちまったよ。


 その常連様という方を教えていただきたいのですが。


 いや教えろったって。困ったなあ。


 僕が言っても何も変わらないかもしれませんが、こちらとの取引を再開していただけるよう母に話してみますから。どうかお願いします!


 困ったなあ……。




 ~ 十一月二十一日(水)

   優しさで出来たシュークリーム ~


   オキザリスの花言葉 心で感じる



「秋山。……おい、秋山」

「知りませんって」


 秋も深まり、日に日に冬の白さが濃く朝を満たし始める。

 そんな季節に落ちた一枚の枯れ葉。


 文化祭以来、とある三年生の先輩と近付いたり離れたり。

 そんな関係だった新谷さん。


 どうやら受験に集中したいからと、会うことを断られてしまったらしく。

 朝からずっとぐすぐす泣いているのです。


 先生も、授業にならんとあきらめムード。

 でもそれを、俺に何とかしろと仰られても。


 そんなクラスで一人。

 世界中の心に安らぎを運ぶ少女。

 藍川あいかわ穂咲ほさきだけが席を立ちます。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上にお団子にして。

 そこに揺らすは薄紅色のオキザリス。


「シュークリーム作るの」


 穂咲は一言、ぽつりとつぶやくと。

 ボールに卵を割り入れました。


 黄色い層と、白い層。

 ふんわりまろやかなシュークリーム。


 優しい甘さと柔らかさ。

 穂咲の気持ちを心で感じて。

 

「ありがと、穂咲」


 清楚な新谷さんが、赤い鼻をぐすっとさせながら。

 ようやく顔を上げてくれたのです。



 穂咲。

 君はすごい人だと心から思いますよ。

 クラス中から優しい笑顔がこぼれます。



「カスタードと生クリーム、二つに分かれてるやつがいいな」

「シューの部分が邪魔なの。あれは無しなの」

「あれがいいのに」

「でもシューは持ちやすいだけな気がするの。味しないし」


 ……シューって。

 別にあれは、皮がシューで中身がクリームって訳じゃないでしょうに。


「じゃあ、クリームだけなの?」

「そんかわり二層にするの」

「へんなの」

「クリームも、かんますのが面倒なの」


 どんどん手抜きになっていきますが。

 フライパンなど持ち出しましたが。


 大丈夫ですか?


 新谷さんが、ふふふと笑う中。

 コンロにかちっと火をつけて。


「黄身と白身も分けるの面倒なの。お砂糖も後からかければいいの」

「いやいや。だめなのです」


 さすがに口をはさんだ俺の目の前に。


「できたの」


 お皿に乗って、ぷるるんと現れたのは。


「目玉焼きね」

「目玉焼きなのです」

「目玉焼きなの」


 本気なのやらワザとなのやら。

 新谷さんが笑い出すと。

 クラスも笑いに包まれます。


「君ねえ」

「きっとこれが、新たなるシュークリームの形なの」

「なに言ってるんですか。それこそシューが無ければ持てないのです」

「心で感じるの。シューの部分は、優しさで出来ているの」


 偉そうなことを言いながら、割り箸と共に新谷さんへ振舞うと。

 彼女はえへへと頬張りながら。

 うれし涙を一つ零します。


「そうですね。優しさで出来ていますね」

「当然なの」


 ふんすと胸を張る穂咲さん。

 そんな彼女に、みんなほっこり笑顔を向けるのです。


 ……たった一人を除いて。



「あー、新谷。言いにくいんだが……」


 なんでしょうね、この無神経な人は。

 俺は席を立ち、先生の肩をポンと叩いて首を振ります。


「俺が言いたいこと、口にしなくても心で感じますよね?」


 無粋ですよ、今日はいいじゃないですか。


「ああ、ほんとだな。確かに伝わるものだな。では、今日もよろしく頼む」


 そう言いながら、先生は俺を見ながら廊下を指差しました。



 …………うん。

 なーんも伝わってない。



 ここは諦めずにもう一度。

 俺は先生の目をしっかり見て。


 こんな寒い日に廊下に出ろと? いいかげんにしろ。


 すると、先生は視線で言うのです。


 やかましい。そんな口を利くやつは冷水で窓ふきでもしていろ。


 

 ……あれ?

 しっかり伝わってくるのです。



 仕方がないのでバケツと雑巾を持って。

 廊下へ向かいました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る