アンチューサのせい


 懐中時計の方、仕上がりはいかがでしょう。


 相変わらずいい腕だ。今後も贔屓にさせていただこう。……店はまだ続けていけそうか?


 体の方は大丈夫なんですが、大口の取引先から出入り禁止を食らっちまったんで。今度は経営の方が苦しくなりました。


 そうか、なら協力してやるか。……そのブローチは?


 ブローチじゃなくて鳥の飾りなんですよ。困ったことにこいつが入ってた鳥かごだけ売れちまって。


 ではこれを、ブローチに加工できるか?


 それはできると思いますが……。


 娘の誕生日にこれをあげるとしよう。




 ~ 十一月二十日(火)

        ヒスイの正体 ~


   アンチューサの花言葉

      あなたが信じられない



 お昼休みになると、教授姿に変身して。

 大騒ぎを始める藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は複雑に編み込んでからお団子にまとめて。

 そんな頭全体に、青の小花、アンチューサを植えているのですが。


 君自身から生えてきたように見えますけど。

 あまり違和感ありませんね。



 さて、いつもはこの時間になると。

 教授とお呼びするはずなのですけれど。


「穂咲。聞いてた?」

「聞いてたの。だから材料を持たずに来たの」


 あまりの光景にざわつく教室内。

 みんなが見つめるその先には。


 校内へ侵入してきてはいけない不審者が。

 俺と穂咲の前で、大きな背中をこちらに向けてしゃがみ込んでいるのです。


「なぜお前がここにいる」


 背中越しに丸い顔を振り向かせながらリュックの中を漁っているのは。


「そんなの決まってるじゃないのさ! お嫁さんにお昼ご飯作ってあげようと思ってね!」


 そして自家製キムチのタッパーを出して。

 小脇に抱えてがはがは笑っているのは。


「カーリングってやつさね!」

「ケータリングなのです」


 ケータリングとカーリングの区別もつかない我が家の母ちゃんなのです。



 昨日今日と。

 藍川家のメイド部隊に家事をしてもらっているせいで暇をもて余したらしく。


 こうしておかしなことをやり始めてしまったのですが。

 よく校内へ入れましたね? 


「さ! 腕を振るうかね!」


 そう言いながら母ちゃんが机に置いたのは。

 ツヤツヤした大きな石なのですが。


「ほんとにカーリングする気?」

「なに言ってんのさ。あんたは石焼ビビンバとカーリングの区別もつかないのかい?」

「言い間違えた人に言われるのは心外ですが、見間違えについてはお恥ずかしい」


 なんだ。

 ビビンバ用の石の器でしたか。


 穂咲がコンロを準備して。

 その上に器を置いて。


 母ちゃんがご飯と具材を並べていくと。

 美味しそうな音と香りと見た目のせいで。

 いやがうえにもお腹が鳴ってしまうのです。


 お腹が。

 鳴ってしまうのです。


「俺のではなく。どうして母ちゃんのお腹が鳴りますか」

「わはははは! 出がけに食ったコンビニ弁当一つじゃ足んなくて! あんたの分、貰っていいかい?」


 やれやれ。

 ほんと何しに来たのです?


 購買に行って来ると声をかけながら俺が席を立つと。

 その椅子を奪った母ちゃんが、スプーンでご飯を器に押し付けながら話し始めました。


「そういや、お嫁さんとこのおばあちゃん、何探してんだい?」


 母ちゃん。

 お嫁さんお嫁さん言いなさんな。


 都度、クラス中から歓声が湧いて迷惑です。


「探してるの、ブローチなの」

「へえ! 大切なもんなのかい?」

「金ぴかの、クジャクの形した台座にね? 半分に割れたヒスイが付いてるの」

「ああ、あれね! 知ってる知ってる!」


 知ってるわけ無いでしょうに。


「変な相槌うちなさんな。母ちゃん、俺から受け取って無いって言ってたろ?」

「受け取ってないけど、知ってるもんは知ってるのさね!」


 がはがは笑い始めた母ちゃんが。

 なんで俺も知らないブローチの事を知っているのやら。


 唖然とした俺の見つめる先で。

 母ちゃんは、焦げたご飯を旨そうに口へ頬張るのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



「あのブローチ、あなたが作ったの!?」

「そうさね!」


 まーくんの別荘に、慌てて駆けこんできたおばさんが目を丸くするのも当然で。

 俺と穂咲はお昼にそう聞いてから。

 ぽかんと、口を開きっぱなしなのです。


 雑な母ちゃんが、おばあちゃんを唸らせるほど精巧な金細工を作ったということももちろん驚きなのですが。

 それにしたって。


「信じられないわね」

「失礼な人だね」

「線、細いのです?」

「芸術家肌なの?」

「何の話しさね?」

「「信じらんない」」

「失礼な子だね」


 おばあちゃんが言っていた、作者の形容詞。


 線の細い。

 芸術家肌。


「俺もいまだに信じられないのですが、これが真実だとすると、高校生の時おばあちゃんとおじさんに会ってることになるわけですよね?」

「まるで覚えちゃいないけどね!」


 せんべいをかじりながらがはがは笑って。

 そのせんべいのくずが床に落ちずにおなかで止まるこの人が。


 線の細い。

 芸術家肌。


「藍川さんが亡くなるちょっと前にさ、金細工の師匠だった人が亡くなっちまって、そんとき店を畳むからって送り返して来たんさ!」


 せんべい一枚じゃ食べ応えが無いからと。

 最近ではこうして、二枚重ねにしてかじる母ちゃんが。


 線の細い。

 芸術家肌。


「でも、籠とクジャクが別々に送られてきたんさね」

「後者は俺が机にでも置いたのでしょうけど。でも、別々に送られてきたと勘違いしたのも納得なのです」

「奇跡的に合体しちゃったのね?」

「ほんとさね! 奇跡のドッキング!」


 ドッキング!

 に合わせて屁をしたこいつが。


 線の細い。

 芸術家肌。


「で? そのドッキングしたやつはどこにあるのでしょうか、母ちゃん」

「いったん売れてから返品されたらしくてさ、籠の方が傷んじまってて、元通りに直して送り返してやった!」

「迷惑!」

「ってことは……、そのお店に行けば見つかるのね!?」


 おばさんが母ちゃんにすがりついて揺らしていますけど。

 この巨木はいつものように高笑いしながら。


 絶望的なことを言い出しました。


「店を畳んじまった時に家も売っぱらったんさね。娘さんが旅館だか何だかやってるって言ってたから、そこで置物にでもなってるんじゃないのかい?」

「どこの旅館なの!」

「さあ?」

「連絡先はどうなの!」

「さあ? 携帯をトイレに落としたことあったじゃないさ」

「知らないけど汚いけど。消えちゃったの?」

「そういうことさね!」


 巨木を揺らし続けていたおばさんも。

 とうとうあきらめて、両膝を突いてうな垂れてしまいました。


 連絡の取りようがない。

 もう、絶望的なのです。


 ただ、穂咲にはそんなことより。

 はるかに重要な謎が気になっていたご様子。


 いつもの虫眼鏡を母ちゃんへ向けるので。

 助手として、お手伝いさせていただきます。


「線、細いのです?」

「何の話しさね?」

「芸術家肌なの?」

「何の話しさね?」

「「信じらんない」」

「失礼な子だね」


 線の細い芸術家肌の母ちゃんが、むっとしながら両手を腰に当てると。

 ブラウスのボタンが一つ飛びました。


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