ヤマラッキョウのせい


 いったい、どういうことですかな?


 これは本家が好きにしていいというものでもなかろう、半身にしてしまうとは。


 片割れはどうなさいました?


 私の判断で、金細工師の店に置いてまいりました。


 なんと! 藍川の宝を!


 すぐに取り戻してこい!


 いいえ。叱咤、叱責、謹んでお受けいたしますが、私がこれを手に戻ることは無いものとお受取りください。


 バカな!


 ええい、一族の列に加わるなど恥知らずな!


 お前など給仕の真似事でもしていればよい!


 はい。慎んで拝命させていただきます。




 ~ 十一月十九日(月)

        二杯目は毒の味 ~


 ヤマラッキョウの花言葉 慎ましいあなた



 おばあちゃんの強権により。

 家から追い出された秋山一家。

 その心情はいかなるものか。


 専業主婦である母ちゃんにとっては。

 すべてとも言える場所を取り上げられ。


 ようやく連休が取れた父ちゃんは。

 何年も前からやってみたかったのだと。

 嬉々として作り始めたボトルシップをめちゃくちゃにされ。


 二人が揃って、こう口にするのも仕方のないことなのです。


「いいね! お嫁さん!」

「いいな! お嫁さん!」

「ふざけるな」



 ワンコ・バーガーの向かいに建つ。

 まーくん一家の別荘。


 家を追われた俺たちは。

 着替えや携帯など、ひとまず必要そうなものだけを手に。

 こちらで避難生活をしているのですが。


「今、お茶を淹れるの。ちょっと待ってるの」

「いいね! 慎ましいお嫁さん!」

「いいな! 慎ましいお嫁さん!」

「ほんとふざけるな」


 土日の間、お世話係として派遣されていたこいつのおかげで。

 ダイニングから一歩も動かず。

 上機嫌で過ごす二人なのです。


 月曜になってもやって来た。

 慎ましいかどうかは甚だ疑問なお世話係は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上にひとつお団子にして。

 そこに、紫色をしたヤマラッキョウのお花を一本ぷすっと挿しているのですが。


 季節外れの打ち上げ花火が頭上に咲いて。

 心底バカに見えるのです。



 風呂からあがって。

 キッチンにはいって。


 ぬるいお茶をくいっと一気にあおって空にした俺は。

 目玉焼きを作るお世話係さんに質問です。


「なんでこんな夜中に焼きますか」

「お茶請け……」


 大真面目な顔できょとんとしていますけど。

 それ、お茶に合う?

 ちゃんとお茶請かる?


「いいね! 不思議系お嫁さん!」

「いいな! 不思議系お嫁さん!」

「いいわけあるかい」


 連日連夜、お嫁さんお嫁さんと連呼し続ける二人に呆れつつ。

 湯吞を片手に、俺もダイニングテーブルに腰かけます。


 このお家、全面床暖房なので。

 ここの所、急に寒くなって来たというのに。

 薄着でもぽかぽかで過ごせます。


 これはいい。

 家を建てる時は、絶対に採用することに決めました。


「あれ?」


 俺がスリッパから足を出して。

 じんわり伝わる暖かさを堪能していたら。


 お盆に二枚の目玉焼きを乗せてきた穂咲が。

 首を捻ったまま立ち尽くしているのですが。


 ……いやいや、あれ? ではなく。

 目玉焼きに集中し過ぎです。

 肝心のお茶はどうしましたか。


 湯吞、一つしかお盆に乗っていませんし。

 しかもからっぽだし。


「最高だね! ドジっ子お嫁さん!」

「最高だな! ドジっ子お嫁さん!」

「それ、言いたいだけになってますよね?」


 ドジってレベルじゃないですよ、これ。

 しかも、ドジを誤魔化そうとして。

 いつもの虫眼鏡を取り出してますけど。


「事件なの!」

「斬新だね! 探偵お嫁さん!」

「斬新だな! 探偵お嫁さん!」

「二人は黙って目玉焼き食べててください。あと君は、お茶を淹れ忘れただけでいちいち盛り上がらない」

「あたしは間違いなくお茶を二杯入れたの! 犯人は道久君なの!」

「最低さね、犯人のお婿さん」

「最低だぞ、犯人のお婿さん」


 酷い環境なのです。


 とは言えいつものように。

 冤罪は、助手のワトヒサが解決するしかなさそうです。

 俺は湯吞を手に、お茶をちびちびといただきながら台所へ向かいます。


 推理なんて程のものではない。

 簡単なお話です。

 どうせ急須に入れっぱなしなのでしょう。


 そう思いながら蓋を外してみましたが、中はからっぽ。

 しかも、まだ温かい。


「どういうことでしょう?」


 ぬるま湯で淹れたお茶が好きな穂咲。

 他人に淹れる時にも、基本的には同じようにします。


 なので急須が温かいということは。

 せいぜい十分以内くらいにはお茶を淹れたはずなのです。


 そんな穂咲は、ポットの蓋を開けて、中を虫眼鏡で覗いて。

 難しい顔を俺に向けます。


「透明なはずのお湯が、真っ白に見えるの」


 メガネの気持ちが理解できて何よりです。


 やれやれ、この迷探偵は当てにできません。

 でも、急須にお湯を入れていたのは事実のようですね。


 穂咲が淹れたと言い張る二杯のお茶。

 お盆の上には、空の湯吞が一つ。


 一体何が起こったのか推理しながら。

 俺は手にした湯吞から。

 ずずっとお茶をすすりま…………?


 ん?


 そう言えば俺。

 自分でお茶淹れた覚えが無いのですが?


「むむ、本当に謎なの。これは迷宮入りなの」

「……そうですね」

「しょうがないの。淹れ直すの。道久君も、お風呂上りはお茶だよね、淹れる?」

「そうですね。一杯くいっと煽った後。二杯目をちびちびすするのが好きです」

「じゃあ二杯淹れるの」


 俺は冷や汗を流しながら。

 まだお茶の残った湯吞を背中に隠すと。


 犯人を言い当てた名探偵が。

 湯吞をいくつも並べながら俺を見上げます。


「どうしたの?」

「いえ、なんとなく。ここで立っています」


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