ツルニチニチソウのせい


 ~ 十一月十六日(金)

   ヒスイは相応しき者の手に ~


   ツルニチニチソウの花言葉 幼馴染み



 秋の夕暮れ。

 枯れ葉が転がる住宅街。

 道行く人はみなさん、家路を急ぎながらも。



 ……花屋の前を見て。

 ぎょっと声をあげるのです。



 それも無理からぬこと。

 店先で、看板奥さんと看板娘が揃っておでこを地面につけっぱなしにしているのですから。


 何に向かって土下座しているのか。

 だれもが妙な親子が頭を下げる先に何があるのかきょろきょろ探すのですが。


 ……ああ。やっと来たようです。



 タイヤが枯葉を踏む音すら聞こえるほど。

 静かに静かに走る、高級車と言う名の黒船。


 それが後部座席と言う大砲から。

 おばあちゃんという弾を発射いたしました。


 その瞬間。

 穂咲とおばさんの額がさらに下がり。

 地面に数センチめり込みました。



「…………しかるべき時が来たら差し上げるよう頼んだはずですが? 紛失するとはどういった了見です」

「申し訳ありません!」


 おばさんの返事に。

 おばあちゃんは何も言わず。


 代わりとばかりに、カラスがカアとリアクション。


 そのうち、黒船からは次々と和装のメイドさんが現れて。

 音もなくおばあちゃんの後ろに居並びます。


 そんな海兵隊員を従えた提督ですが。

 意外なことを言い出しました。


芳香よしかさんが頭を下げてどうなさるのです。不必要な時に頭を下げると、人間も下げてしまいます。お気をつけなさい」

「え? ですが……、え? え?」

「それに対して何事でしょう。人が叱っているのに何を偉そうにふんぞり返っておりますか、あなたに言っているのですよ?」


 おばあちゃんが、穂咲たちの後ろに立っている俺の方を見ているのですが。

 ん? 誰かいる?

 振り返ってみましたけど、こっちにはおじさんしかいませんよ?


「道久さん。あなたに言っているのです」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」


 たっぷり三十秒近くかけて、やっと口から音が出たのですけれど。

 なにを言っているのです?


「葬儀の場で、最も泣くべき穂咲さんが我慢していたのはあなたのおかげ。立派な御仁と信じて託して、この体たらく。恥と知るならばそこに正座なさい」

「お葬式の時にブローチを俺に渡した? 知らないよ!?」


 ほんとうに、おばあちゃんがなにを言ってるのか分からないのですが。

 でも、提督が俺を敵と言うのなら。

 幕府はこぞってこうなるのです。


「やっぱり道久君のせいなの!」

「やっぱり道久君のせいなの!」

「ほんとに知りませんって! あと、おばさんまで穂咲語になってます!」

「と言うことで、早速捜索致しましょう。……ご案内を」

「はいなの!」

「捜索? ……俺の部屋を!? まままっ、待つのです!」


 慌てる俺を羽交い締めにする海兵隊員。

 その間に、提督を城へ案内する幕府の二人。


 ようやく俺が居城に戻った頃には。

 城内はめちゃくちゃにされていたのでした。


「やめて欲しいのです! 俺のプライベート、勝手にいじらないで!」

「ほっちゃん! こんど豊胸器具買ってあげるからね!」

「おばさん! 雑誌見て何を言ってるのさ!」

「ママ、大変なの! 道久君が、知らない女の子とツーショットで映ってる写真があるの!」

「幼稚園な! 俺だって覚えてないわその子のこと!」


 散々家具をひっくり返して。

 真剣にブローチを探しているメイドの皆さんに混ざって。


 君らは何をやっているのです?


「……あら? そう言えば昨日、ここは物置だったって言ってたわよね?」

「あの頃の子供部屋、今は母ちゃんたちが寝室に使ってるとこ。父ちゃんの書斎のある部屋」


 その言葉を聞いた提督は。

 半分の兵力を新たな城へさし向けます。

 もちろん、その先鋒は幕府軍の二人が務めるのですが……。


「うわあ! ななな、何事だ!」


 ようやく夏休み分の休暇がとれたとの事で。

 城に籠っていた父ちゃんの叫び声。

 も少し早く異変に気付いていれば。

 籠城という手もあっただろうに。


 寝室にあるウォークインクローゼット。

 そこには強引に机やラックが突っ込まれておりまして。

 父ちゃんの書斎と呼ばれる場所になっているのですが……。


「ここが最も怪しいですね。では、捜索を」

「まてまて! 適当にいじらないでくれ! 俺の書斎、総額一千万は下らないお宝機材の山なんだ!」


 泣き叫ぶ父ちゃんが連れ出される代わりに何人かのメイドさんが書斎に入りましたが。

 結構雑な音が響いてきますけど。

 大丈夫なのでしょうか。


 そして書斎から雑多なものが寝室へ吐き出されていくうちに。

 どういう訳やら未成年二人が部屋から閉め出されました。


 扉の隙間から覗いてみれば。

 おばさんとおばあちゃんが、父ちゃんを正座させて仁王立ち。


「ほっちゃんも入ることあるでしょうに!」

「大の大人が何ですか! 恥と知りなさい!」


 …………何と言いますか。

 すごくごめん。


「道久君。なんでおじさん怒られてるの?」

「武士の情けです。聞かないでください」


 そんな悲しい犠牲を払いつつ。

 捜索はいつまでも続くのですが。

 結局ブローチは出てきません。


 それはそうです。

 だって俺、ブローチなんか受け取った覚え無いもの。


「ほんとに我が家にあるのでしょうか?」

「最初っから言ってるの。ブローチは道久君の部屋にあるの。今すぐ出すの!」


 いつもの虫眼鏡を取り出して。

 俺に向けてきますけど。

 君の目、大きくなって怖いですよ。


 ……ん?

 怖い?


 ……あの日、怖いおばあちゃんから、何か命令された?


「あれ? おばあちゃん。あの時、穂咲に何かあげてと言いましたか?」

「間違いなく、紫式部色の袋に詰めたブローチをお渡ししながら、それをしかるべき時に穂咲さんへあげるよう言いました」

「ならきっと、それを勘違いしたのです、俺。だから穂咲に目玉焼きを作ってあげたのです」


 何となく思い出しました。

 よくテレビで見る、なんかうまいもんでも食わせてやってくれというアレ。

 あれだと思っちゃったのでしょう、きっと。


「……じゃあ、目玉焼きを作ってくれたの、おばあちゃんのおかげなの?」

「そのようですね」

「では道久さん。その時にお渡しした袋はどうしたというのです」

「お金だと思ったとしたら、今買い物に行ってる母ちゃんに渡したと思うのです」

「ならば、お母様がお戻りになったところでお伺いした方が早そうですね」


 おばあちゃんは捜索隊にいったん手を止めるよう命じたのですが。

 そんなおばあちゃんに、穂咲は嬉しそうに近付いて。


 そしてぽろりと涙を零しながら言うのです。


「ありがとうなの。おかげであの日が、あたしの中で寂しい日にならないで済んだの。……あたしにとっては、目玉焼き記念日なの」


 いつものように、変な事を言う穂咲ですが。

 でも、感謝の気持ちは伝わったようで。

 おばあちゃんは、穂咲に優しく微笑んでくれたのです。


「……なにを言いますか。目玉焼きをこさえてくれた方にこそ改めて感謝すべきですよ? 私は何もしてあげることが出来なかった愚か者です」

「そんなことないの。ありがとうなの。それに、真犯人の道久君に感謝する必要は無いの。きっとブローチをくすねてほくそ笑んでるの」

「おい」


 せっかくのいい話が台無しです。

 あと、虫眼鏡向けるのやめなさい。


「こりゃあ何事さね!? 強盗かい?」


 おお。

 ようやく話が解決しそうなのです。


 買い物袋をぶら下げて、目を真ん丸にしながら帰って来た母ちゃんに。

 俺が事情を説明することにしました。


「大切な品を探しているのですよ。おじさんが亡くなった日に俺がおばあちゃんから渡された小袋なんですが、それを母ちゃんに渡したはずなのです」

「それを探そうとしてこんな有様になってるってのかい? ちゃんと元通りに戻してっておくれよ?」

「それより母ちゃん。俺があの日に渡した袋、どこにしまったのさ」

「なに言ってるのさ。そんなもんもらった覚え無いさね」


 ……あれ?


 俺が受け取って。

 母ちゃんは受け取ってない?



 ……犯人、一人しかいないのです。



 俺の顔にくっ付くほど虫眼鏡を寄せた穂咲の向こうで。

 おばあちゃんが言います。


「……そして、道久さんはそれを忘れてしまわれた、と」

「そう、なりますね……」

「やはり、こちらにあるのは間違いございませんね。それでは本格的に捜索致しましょう。しばらく不自由かと存じますが、皆様には出て行っていただきます」



 こうして俺たち一家は。

 家から追い出されてしまいました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る