最終話 ヒスイのせい


 誕生日パーティーでお会いした男性は。

 年の近い方から。

 私よりもお父様に歳の近い方までいて。

 その皆様が。

 中学生である私を自分のものにしようと躍起になっていた。


 何かを差し上げようだの。

 旅行へ連れて行って下さるだの。

 私に物をあてがおうとして。

 そのくせ言葉は下さらない。


 政略結婚。

 そんな言葉が頭をよぎる。


 私の言葉を有難がり。

 一切の否定もせず。

 お父様の親族となることで。

 自分の価値を高めようとする方々。


 見てくれが煌びやかになったとて。

 中身の価値が高まる訳でもないでしょうに。



 演出もいやだった。

 皆の前で、お父様からのプレゼントを嬉しそうに開けるというシナリオ。


 お父様が選んで下さった品。

 嬉しくないはずがない。

 でも、そんな三文芝居のせいで。

 まるで嬉しくないように見えてしまうではないか。


 だから、あんなトラブルに便乗したのは。

 小さな小さな反抗心。

 ちょっぴり気が晴れて。

 ちょっぴり後悔した。



 それにしても、思い出しますね。

 二枚目の男性ばかりが居並ぶ中で。

 私の言葉を肯定する方しかいないあの場所で。



 ……いいえ、君は間違っています。

 人が感謝の気持ちを隠す必要など、どこにもありませんよ?



 ドキッとした。

 きっと、耳まで赤くなった。

 高校生のお兄さんを、それ以上見ていることすら出来なくなって。

 私は自室へ逃げ出した。


 田舎っぽい、センスの欠片もない服。

 汚い靴。

 大きな体に情けないタレ目。

 髪もぐしゃぐしゃで清潔感の無い男。


 あんな男が。

 何を偉そうに。


 そうだ、住所を置いていったわね。

 いつ返却する気なのか、意地悪で手紙を書いてやろう。


 中身はまるで知らないけれど。

 私のものですから。

 嫌味たっぷりに返せ返せと言ってやる。



 そう、意地悪で。

 これは、意地悪で書くだけなんだから。




 ~ 十一月二十三日(金祝) ~


   ヒスイの石言葉 幸福/長寿



 花と同様、石にも言葉がありまして。

 俺達は『幸福』という言葉を前にして。

 ほっこりとお茶をいただいております。


 お休みを利用して東京へ。

 件のブローチを愛でながら。

 昔話に花を咲かせます。


「だからね? 別々に飲む意味無いだろうと思って、パパのお茶に胃薬を溶かしておいたの」

「親切のベクトルが地球を一周して不親切になってます」


 一番夢中になって話すのが。

 迷探偵ホーサキこと藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はお出掛け仕様ということで可愛らしいハーフアップにして。

 結び目に、まーくんの方のブローチを飾り付けています。



 ~🌹~🌹~🌹~



 ブローチの所在が判明したので。

 おばあちゃんの車に乗って。


 おばあちゃんと、まーくんと。

 おばさんと穂咲と。

 そして母ちゃんと俺。

 関係者一同で旅館を訪ねてみれば。


 今も女将として現役だった、金細工師の娘さんと。

 数十年ぶりに会う母ちゃんとで。

 懐かしい記憶のページをお互いに紐解くのです。


「ほんと! 師匠の娘さんさね! 面影あるけど、老けたねえ!」

「私、商売柄お客様の顔とお前は何十年経っても覚えている自信があるのですが、どなたでしたっけ?」


 途端にムッとした母ちゃんですが。

 出がけにおばあちゃんからさっぱり面影が無いと言われて耐性が付いていたのでしょう。

 気にせず師匠さんとやらの話をしながら、修学旅行生御用達ならではの広い玄関からずかずかと宿へ上がっていくのですが。


「もう一生ここから出られないの。道久君、三食欠かさず持って来てくれる?」

「トイレはどうする気ですか」


 玄関に据えられた大きな入り口ではなく。

 裏庭に出る回転ドア。


 楽しそうだからと言って入ったはいいけれど。

 出るタイミングが分からずにぐるぐる回ってますが。


 とりあえず。

 夕食は宿の人に持って来てもらってください。



 ~🌹~🌹~🌹~



 修学旅行の時は男子十六人で使った部屋です。

 いくら空いていたからと言って。

 六人で使うにはちょっと広すぎです。


 襖で仕切られた二部屋の片方。

 しかもその隅っこ。


 テレビとブローチの前にテーブルを置いて。

 おじさんの話で散々盛り上がる我々ですが。


「おばあちゃん、騒がしくて申し訳ありません」

「道久さんはおかしなことをおっしゃられますね。楽しいお話は騒がしくなるものです。それに、騒がしい方が良く聞こえることでしょう」


 そう言いながら、窓の外など眺めているおばあちゃん。

 視線の先には、高い高い秋の空。


 幸せそうな微笑の皺に。

 ほんの何本か、寂しさが感じ取れるのです。


「それに、随分と懐かしい。私は農家の出でしてね。いつもこうして十二人の家族と騒ぎながら過ごしたものです」

「へえ! 意外なのです!」


 びっくりしました。

 てっきり、おばあちゃんも名家の出だと思っていましたので。


 でも、驚いたのは俺だけではなかったようで。

 まーくんを除いたみんなが揃って目を丸くさせています。


「それぞれの頑固。それぞれの優しさ。泣き、笑い。家の中はいつもドラマに満ちておりました。……此度の事も、結局のところ何がどうなって斯様な結末になったのかまるで分かりませんが、きっと一つの筋道が掘られているはずです」

「いやいや、ただの偶然でしょ」


 俺の軽口に、途端に眉根を寄せてしまったおばあちゃんですが。

 だって話がまるで繋がりません。


「おじさんがこれをブローチに変えて東京から持って帰って来た訳は?」

「……分かりかねます」

「おじさんが、おばあちゃんちからこれを自分の家に持ってきちゃった訳は?」

「むむ……」

「ちょっと道久君。お義母様をいじめないでよ」


 ああ、こりゃいかん。

 そんなつもりじゃなかったのですけど。

 すっかりおばあちゃんを難しい顔に変えてしまいました。


「分かんないことだらけだけど、いいじゃないの」

「そうさね! 気にしない気にしない!」

「……ねえ、ママ」

「なあに?」

「パパ、このブローチはママのだってずーっと言ってたの。なんで?」

「いやいや。あんたは人の話聞きなさいよ、分かんないこと考えてもしょうがないって言ってるじゃない。…………ほんとね。なんでかしら?」


 ありゃりゃ。

 おばさんまで難しい顔になってしまいました。



 急に静かになったテーブルで。

 穂咲は、いつもの虫眼鏡を取り出すと。


「じゃあ、この真相をみんなで推理するの」


 そんなことを言い出したので。

 テーブルを囲むみんな揃って。

 迷探偵に早変わり。


 あーでもないこーでもない。

 今度は思い出話ではなく。

 空想の中のおじさんを想いながら。

 楽しい時間を過ごすことになりました。



 さっきは、ただの偶然と話しましたが。

 本当に、そこにはドラマがあったのかもしれません。


 俺は席を立って、窓辺から空を見つめると。

 枯れ葉の風鳴りに紛れて。

 おじさんの笑い声が聞こえた気がしました。



「……君の髪飾りの通りなのです」

「なにがなの?」

「ヒスイの石言葉、幸福ですから」


 俺の後から隣に並んで、空を見つめる幼馴染は。

 静かに首を横に振りました。


「ウソなの。あたしは、石言葉なんて信じないの」



 ……ああ、そうでしたね。

 ヒスイには『長寿』という石言葉もありましたね。



「……おじさんがいなくなった時、家にヒスイは無かったじゃないですか。でも、今はおじさんのヒスイを前に、みんな元気に笑っているのです。みんな長生きしますよ」


 俺の言葉に、穂咲はゆっくりと頷きます。


「帰りに、ヒスイを買って行きましょう。きっとおばさん、長生きしますよ?」

「ほんとなの?」

「信じれば、ね」


 穂咲は頭に飾ったヒスイに指を這わせます。

 そして高い秋の空を見つめながら。

 おじさんにも質問したのでしょうね。


 ほんとなの?


 優しいタレ目に、少しだけ涙が溜まるまで。

 じっとおじさんの返事を待っていると。


 ようやくにっこりと微笑んで。

 優しい声音でつぶやきました。



「じゃあ、信じるの」





「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 16冊目🔎


 おしまい♪




 ……

 …………

 ………………




「それにしても、快適だったわあ、新居!」

「あらほんと? ほっちゃん、ご迷惑かけてたんじゃない?」

「全然! お嫁さん、最高さね!」

「あらやだ、ずるい。じゃあお婿さんをこっちに頂戴よ」

「どーぞどーぞ!」


 変なトレードが球団オーナーによって成立しそうなお座敷で。

 穂咲はのそのそと席を立ちます。


「トイレ?」

「違うの。お昼、サービスエリアでいっぱい食べたからベルトが縮んじゃったの」

「相対的にね。……あれ? 君、タヌキうどんしか食べてなかったよね?」

「道久君がお土産物屋にいる間に、とん平焼きとタコ焼きと大判焼きをちょいと」

「焼き過ぎです」


 つい無意識に母ちゃんのお腹を見てしまいましたが。

 そのお腹には、かみなりおこしのかすが落ちていました。


 やれやれ。

 三十年後の穂咲は。

 こんな感じになりそうですが。


 今は女の子らしいスタイルですし。

 しばらくは大丈夫でしょう。



 よりによって、男子十六人が泊まったほどの大部屋。

 ここへ一泊することになりましたが。


 襖で仕切られたお隣りの部屋へ隠れた穂咲は。

 浴衣に着替えているのですよね。



 いつも、背後で着替えていたとしても何も感じませんが。

 今はなぜか。

 少しドキドキしてしまうのです。


 穂咲のことを、好きなのか、嫌いなのか。

 再び考える季節が巡って来たのかもしれません。




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 17冊目🍃


 2018年11月26日(月)より開始!



 お待たせいたしました!

 次回はとうとう、恋愛小説編です!


 枯れ葉から雪景色へ。

 季節が服装を一枚変える度。

 人肌が恋しくなるこの季節。

 とうとう、恋に目覚めた道久が……。


 え?


 そんなはずねえだろとおっしゃる?




 ……御名答なのです。




 いつものようにドタバタのんきが待っています!

 どうぞお楽しみに♪



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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 16冊目🔎 如月 仁成 @hitomi_aki

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