ルピナスのせい


 ~ 十一月二日(金) 

       夜空にかかる虹 ~


   ルピナスの花言葉 想像力



「まーくん。修学旅行に行ったときにね、狸が出たってニュースになってたの」

「東京ならではって訳だ。この辺りじゃ当たり前に見かけるもんな」

「てことは、東京には狸が通れない結界とかあるの?」

「東京に入るときにさ、ちょっとピンク色のガラスみてえなやつ通り抜けたろ。あれが狸除けの結界だ」

「……………………あったの!」

「ないです」


 穂咲の家で開催されている、のんきな鍋パーティー。

 まーくん一家と穂咲とおばさん。

 合計五人の藍川さんに、一人の秋山さん。


 俺は、『今日の主役!』と書かれたタスキを押し付けられて。

 二つの土鍋の面倒を一人でみているのですが。


 ……このパーティーグッズのたすきシリーズに。

 『鍋奉行』ってのがもともとあったと思うのです。


「……これの、どこが主役ですか」

「こっち、ネギが足りないの」

「はいはい」

「ぴかりんちゃん用に、ちくわぶを入れなさい、少年」

「はいはい」

「ビールもう一本持ってきて~」

「はいはい」

「すき焼きも食いてえなあ。もう一個あったよな、鍋」

「そいつぁはいはい言えないのです!」


 俺の叫びをスルーして。

 缶ビール片手に、キッチンから鉄なべを持ってくるのは。

 穂咲のお父さんの弟さん。

 まーくんなのです。


 そんなまーくんが空けた席。

 キムチチゲのナベを挟んで正面に座り。

 刺激が足りないと、三本目のデスソースを鍋にぶち込んでいるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、バトルモードとのことで、頭の後ろに全部まとめ上げて。

 そこに、すべて違う色のルピナスを七本ほど活けているのですが。

 まるでアイドルライブのサイリウム。

 目がちかちかするのです。


「まーくん、勘弁してください。これ以上町に奉行所を増やしては、俺一人でお裁きしきれません」

「大丈夫だって、すき焼きは俺が作るから。だから今のうちに、豆腐を切っておいてくれ」

「おい」


 ……まーくん一家。

 まーくんと、奥さんのダリアさんと、娘さんのひかりちゃん。


 明日からの出張を前に。

 今日はこちらでお泊りとのことなのですが。


 いくら宿代替わりとは言え。

 こんなに鍋ものを作ってどうする気なのですか?


「きりたんぽもあったよな、ダリア!」

「それより、私に土手鍋を作ってくれる約束が先」

「絶対全部食べてくださいね!? 残したりしたら承知しませんから!」


 どうやら最後の二つは冗談だったようで。

 みんなに笑われることになったのですが。


 すき焼きは本当だったみたいで。

 鉄なべに牛脂を溶かし始めていますけど。


 ……絶対余りますよ、これ。



 一通り具材を突っ込み終えて。

 俺はダリアさんとおばさんがつついている豆乳鍋へようやく腰を落ち着けると。


 見るからに高級そうな牛肉を鉄なべで焼きながら。

 まーくんがおばさんに話しかけるのです。


「そうだ義姉さん。本家に運んでおいてほしいものがあるんだけど」

「え? そんな暇ないわよ」

「そう言わずに。一族の顔見せ会前に、本家で作法とか聞きてえって言ってたろ? その口実になると思ってさ」


 顔見せ会という言葉を聞いて。

 おばさんは、柔らかな笑顔を浮かべます。


 ようやく今年から、藍川一族の会合への出席を許されたおばさん。

 その気持は、一体どれほどのものなのでしょうか。


「……俺も、なんだか嬉しいのです。お手伝いはしますので、なんでも言ってください」

「そんじゃ道久君。すき焼きの続きを頼む」

「そういうこっちゃなくて! 俺、すき焼きなんか作れないよ!?」


 俺の文句に耳も貸さず。

 まーくんは客間へ行ってしまったのですが。


 鉄なべを前に、オロオロとするばかりの俺をどかして。

 おばさんが調理を引き受けてくれたので、危うく高そうな牛肉をダメにせずに済みました。


 そして、先に食べちゃいましょうとおばさんが牛肉ばかりを美味しそうに頬張る姿を見て。

 俺も真似をして、大きな牛肉を取り皿へよそると。


 まーくんが、桐の小箱を手にダイニングへ戻って来たのですけど。



 ……その中身を見て。

 穂咲とおばさんが、大きな声をあげたのです。



「ブローチ! これ、ママのブローチなの!」

「いえ……、フレームが違う! どういうことなの? クジャクのフレームは?」

「違う違う。こいつは俺の。こっちに持って来たのは兄貴のだ」


 穂咲とおばさんの、噛みつくような剣幕に。

 まーくんは苦笑いを浮かべるのですが。


 箱の中に入っていたのは。

 八咫鏡やたのかがみを模した金のフレームにはめ込まれた。

 白い線が美しく波打つ、ヒスイだったのです。



 …………あれ?



 これ、最近どこかで見た気がするのですが。

 気のせいでしょうか?



「……そうなんだ、これはまーくんのなのね。うちのはお義母様に持って行かれちゃったから、これがあの石だと思ったのよ」

「ほんとか? ひでえことしやがるな母さん! ……まあ、きっと顔見せ会が終わったら返してくれるさ」


 まーくんが蓋をした桐の箱を。

 おばさんは神妙な顔つきで受け取ると。


 それを仏壇の前に置いて。

 目を閉じて、おじさんと心でお話しを始めたのでした。



 静かになった食卓に。

 くつくつとお鍋の音だけが聞こえます。


 それは暖かくて。

 心が優しくなる。

 不思議な音なのでした。



 そんな優しいメロディーに。

 楽しい歌が添えられます。


「にじ~。レインボー。あかあおきいろ~」


 ひかりちゃんが歌う姿を見て。

 穂咲はにっこりと微笑みます。


「きっと、このお部屋に虹がかかったの。ぴかりんちゃんには見えてるの。……よし! 名探偵ホーサキも、その虹を見つけ出すの!」


 そう言って、いつもの虫眼鏡片手にダイニングをうろうろし始めた迷探偵。

 幸せそうに、どこかなーと探すその後を。

 ひかりちゃんがよちよちと追いかけます。



 ……探偵さん。

 探偵さん。


 俺には見えますよ。

 虹の七色。

 幸せの色。


 今日も、いつものように。

 助手の俺の方が。

 先に謎を解いたようですね。







 ――だって、ひかりちゃんの目。

 なんで虹の歌を歌い出したのか推理もできないヘボ探偵の頭に咲いてるルピナスに釘付けですから。


 ……今日の犯人は、お前です。



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