リュウゼツランのせい


 ~ 十一月五日(月)

       音もなく消える筆 ~


   リュウゼツランの花言葉 繊細



 結局、土日の間にも探し物は見つからず。

 しょんぼりしたまま今日を迎える藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふ…………、いえ、今日はもうどうでもいいです。


 穂咲の頭に開くのは。

 三十年から五十年。

 おおよそ、人の半生と変わらない時間をかけて成長し。

 たった一度だけ花を咲かせ。

 そして枯れてしまうリュウゼツランの花。


 数十もの黄色いお花からなる一つの塊を。

 茎ごと頭の上に乗せていますけど。


「こんなことして許されると思っているのですか! リュウゼツランですよ? 開花しているのですよ!?」

「これは下の方の、種にならないとこだから平気なんだって」

「そういうことではなく! 何十年も生きた最後の証なのに!」

「うるさいぞ秋山! 立って……、いや、泣くヤツがあるか。座ってていいから静かにしていろ」


 俺が憤まんと悲哀を同時に表現した顔で先生をにらみつけると。

 逃げるように教壇から降りて、教科書を読みながら席の間を歩き始めました。


 逃げないで。

 ちゃんと、穂咲を叱って。


 そんな先生の、日本語丸出しな英文朗読など頭に入るはずもなく。

 俺は再び無感動な穂咲をにらみつけると。


 こいつはノートに、なにやら四角をたくさん書きだしたのですが。


「なにそれ。…………教室の見取り図?」

「そうなの。そして、えっと……」


 八時三十分現在なる妙なタイトルを記入して。

 バツ印と、マル印。

 マルとマルを繋ぐ接線を書き足していくのです。


「…………ほんとに意味が分かりません。それ、何の図?」

「先生の進路予想図」

「何をバカな。机の上は通れないでしょうに」


 予報円がどんどん大きくなって行きますが。

 進路なんて一本でしょうに。


 それに、最後の予報円だけ。

 なんでそんなに小さくなっていますか。


「ん? 最後の円、俺の席?」

「甘やかしたらこれだ! 遊んでいるんじゃない!」

「いてっ!」


 いつの間にやら教室をぐるりと回って来た先生に。

 丸めた教科書で、頭を叩かれました。


「……また推理が当たったの」

「バチが当たると良いのです」


 こいつが探偵ごっこなど始めてから。

 やたらと俺ばかり被害を受けているように感じるのです。


 だから、迷惑この上ない遊びを早くやめてもらいたくて。

 俺も宝石箱の捜索を散々手伝っているのですが。


 藍川家のどこをひっくり返しても見つからないので。

 とうとう、穂咲が外に持って行って忘れて来ちゃった説が、俺とおばさんとの間でささやかれ始めたのです。



 さて、リュウゼツランも宝石箱も気になるところですが。

 そろそろ真面目に授業を聞かないと。


 何とか成績を上げて、クラスのワースト一位の座から脱出せねば。

 そう思って真剣な目を先生に向けたのですが。


「……なにをやっているのです? 早く授業を続けてください」

「うむ。……いや、変だな」


 変なのは先生です。

 教卓の上をガサガサとひっくり返して。

 ポケットへ手を突っ込んだりして。


「さっきまで持っていたはずなのだが、どこにもシャーペンが無い」

「え? 先生が持つと爪楊枝に見える、あの細いヤツですか?」

「正解だが、爪楊枝とはなんだ。繊細な俺は傷ついた。その場で立ってろ」


 しまった。

 つい余計なことを言いました。


 言われるがまま、席を立とうとしたのですが。

 俺より先に、すぐお隣りの椅子が派手な音を鳴らします。


「ちょっと。なんで君が立つのです?」

「先生が無くしたもの、名探偵ホーサキが見つけるの! 犯人は道久君なの!」

「君はそれしか言えないのですか?」

「なんだ、秋山が犯人か。すぐに返せ。どこまで読んだかチェックできないではないか」

「相変わらず、酷いコンビなのです」


 呆れ顔を隠しもせず、文句を言う俺に。

 穂咲が、挑戦的な嫌味顔を向けながら言うには。


「寒空の中、先生と二人で立たされた恨みをここで晴らすの!」


 なんて逆恨み。


「だから、今日はちゃんと、道久君が犯人だってことを推理してみせるの」

「またおかしなことを。返り討ちにしてやります。……先生。シャーペンを最後に見たのはいつですか?」

「あー! それ、あたしのセリフなの! ズルなの!」


 ズルってなにさ。

 あと、俺の口をふさがないでくださいな。


「そうだな、教室を一周している間……、六本木の席の所でメモを取った」

「そしたらみんな! 床を探すの!」


 名探偵の指示に、みんなは無言で床へ目を走らせますが。

 シャーペンは出てきません。


 穂咲は容疑者である俺のそばに這いつくばって熱心に探しているのですが。

 やっぱり、君に探偵は十年早いようです。


「あのですね、落っことしたら音がするでしょうが」

「……はっ!? ほんとなの! 落としてないの!」

「先生、シャーペンって、いつもどこにさします?」

「授業中は、しおり代わりに教科書へさすのだが……」


 ふむ。

 ならば落とすとすれば、ページを捲った時か、あるいは……。


 俺は、さっき教科書で叩かれた頭をひと撫でした後。

 パーカーのフードの中に手を入れると。


「やっぱり、ここにあったのです」


 先生に似つかわしくない。

 銀色で、繊細な意匠のシャープペン。


 フードの中に落ちていたそいつを掲げると。

 クラス中から、おおと歓声が上がったのですが。


 穂咲はそれを打ち消すほどの大声をあげました。


「またあたしの推理が当たったの! やっぱり犯人は道久君なの!」

「本当だな。やはり秋山が犯人だったな」


 先生の酷い返事に、クラスの皆もニヤニヤ笑いながら頷いて同意します。


「ねえみなさん。専制国家の悪の元首と、悪の元首を選出する民主国家の国民。どっちがより悪だと思います?」


 みんながどっと笑う中。

 ムッとしながら席に着いた俺の頭に。

 先生が再び教科書を落としてきました。


「誰が悪のトップだ」

「しまった。また余計なことを言いました」

「繊細な俺は傷ついた。次に藍川の花が咲くまで立ってろ」


 ……先生。

 これ、もう二度と咲きませんけど?


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