ソバのせい
~ 十一月一日(木)
真の道を示す指 ~
ソバの花言葉 あなたを救う
昨日の推理が当たったと、大喜びの迷探偵。
調子に乗って、虫眼鏡で何でも観察するこいつは
……でも、原村さんの胸をアップで見るのはやり過ぎです。
そして悔しがって、机をたたいても仕方ないでしょうに。
人間、諦めが肝心なのです。
そんなペッタン子さんは、軽い色に染めたゆるふわロング髪をおさげにして。
そこに白くて可愛らしいソバの花をたくさんつけているのですが。
最近、このパターンでつけた花をぽろぽろ落として歩きやがるので。
拾って歩くのがほんとに大変なのです。
「むう。今日は事件が発生しなかったの!」
「そうそう連日、何かあってたまりますか」
それに、事件があったとしても。
どうせ君は、俺を犯人扱いして。
推理なんかしやしないでしょうに。
そんな学校帰りの道すがら。
畑を抜ける風が、そろそろ冷たくなり始めましたけど。
穂咲から貰ったパーカーは。
薄手なのに、裏起毛装備。
とってもぽかぽかなので。
このところの迷惑を差っ引いても。
感謝が余りあるのです。
……いえ。
そろそろとんとん、と言ったところでしょうか。
この探偵ごっこ。
実に迷惑なのです。
もともとは宝石箱を探すはずだったのに。
気付けば捜査はそっちのけ。
家では、刑事もののドラマばかり見ているらしいのですが。
探偵と刑事は違うんだよと。
丸一日説明してみたものの。
こいつには、まるで理解してもらえませんでした。
「それでね、星のシールが……? 聞いてた?」
いけないいけない。
考え事をしていて、まるで聞いていませんでした。
「いえ、すいません。何の話でした?」
「駅前の、おすもうさんのポスター」
「ああ、三つ先の駅に、有名力士が来るのでしたっけ?」
一昨日か。
力士が何人も写ったポスターと。
地方巡業スケジュールと書かれた日本地図が地元の駅前に張ってあって。
地図に貼られた星のシール。
つまり巡業先を見て、その土地の名物料理を指折りあげてはよだれを垂らしていましたけれど。
どんだけいやしんぼなのさ。
「今朝もね? 道久君がよそ見してる間に、あたしがお相撲さんのポスターを眺めながら歩いてたんだけど……」
「待って待って。その場合、よそ見してたのはどちらなのです?」
「道久君なの」
「はあ、それならいいです。……それで?」
「うん。地図に、星のシールが貼ってあったでしょ?」
「ありましたね」
「それが剥がされて、おすもうさんの乳首に貼ってあったの」
「いたずらは許せませんけど、それ以上に、女子がそんな言葉を口にしちゃいけません」
「そんな言葉って?」
「ち…………、女子が口答えしちゃいけません」
まったく。
こっちが照れるのです。
だから、なんか変なこと言ったっけとか言いながら。
おすもうさんのち…………、それを。
連呼しないでくださいな。
「む? ……ワトヒサ君!」
「なんです急に? 迷探偵ホーサキさん」
「事件の臭いがするのだよ!」
「ちょっと! 急に走り出してどうしたのさ!」
こいつが何を見つけたのか知りませんけど。
また犯人にされてはたまりません。
推理だなんだと言い始める前に。
俺が解決してしまいましょう。
――穂咲が向かったその先に。
瑞希ちゃん葉月ちゃんの一年生コンビがしょんぼりとうな垂れていたのですが。
彼女たちを叱りつけていたのは。
「……今日の犯人は、先生なのです」
「何の話だ? お前らは関係無い。まっすぐ下校しろ」
いえいえ、そういう訳にはまいりません。
この二人が叱られるようなことするわけ無いじゃありませんか。
だから、犯人は……。
「真犯人は、道久君なの!」
「うおい! またなのですか!?」
「……なるほど。犯人は現場に帰って来ると言うしな」
「そのパターンも飽き飽きなのです。……さて。なんで君たちは叱られてるの?」
後輩コンビに話を聞くと。
寂しそうに俺を見つめながら。
わけを話してくれました。
「お昼休みに、先生からこの案内板を置いておくよう頼まれたんですけど……」
「私たちが間違えてしまったせいで、ご来賓の方が迷われてしまったのです……」
瑞希ちゃんのすぐ隣には。
喫茶店やレストランの入り口でよく見かける、地面に立てて使う黒板が置いてありまして。
そこに貼り付けられた、A5サイズの二枚の紙。
上の一枚には、ご来賓のお名前と、我が校の名前。
下の一枚には、矢印代わりに人差し指と親指を伸ばした手の絵が、親指を下にして学校へ向かう方とは違う道を示していたのです。
「まったく貴様らは! 本日のお客様は寛容な方だから良かったようなものを!」
「待って先生、そりゃ酷い。仕事をさせておいて怒鳴りつけるなんて」
「なんだと秋山! 貴様が昼休みに生徒会の仕事など手伝っていたから雑用をこの二人に頼まねばならなかったのだ! 少しは責任を感じろ!」
「……また、妙な言いがかりを」
おかしなことを言い出した先生は捨て置いて。
俺は、被害者の二人に再び声をかけてあげました。
「先生のお手伝いをしたんだろ? 偉いじゃないか。胸を張っていいと思うよ?」
「でもでも、矢印を反対に貼っちゃって……」
「か、却ってご迷惑をかけることになりました……」
「いえいえ。こんなの間違えて貼ることなどできませんので、通りがかったいたずらっ子の仕業なのです」
「え? え? え? どういうことです? 秋山センパイ」
そう、こうして貼ってあると、さほど違和感ないのですが。
「町の便利屋さんは、何度もこいつを貼っているので分かるのです」
俺は矢印の紙を剥がして、先生に手渡しました。
「こいつを黒板に貼っていただけませんか? 学校とは反対の方に指を向けて」
「何を言っているんだ貴様は?」
「いいから、試しに貼ってみてくださいよ」
憮然としていた先生が、紙を黒板へ向けると。
ようやく俺の言っていることに気付いてくれました。
「なるほど。親指の向きのせいで、逆には貼ろうと思えんのだな」
「そうなのです。貼ってあると、意外と気にならないものなのですけど」
だから、正門から職員室への矢印として。
俺は右向きと左向き、五枚ずつコピーを取る必要があるのです。
「では先生。叱るなら、真犯人に向けてどうぞ」
「そうだな。……貴様が生徒会の仕事を手伝ったのがすべて悪い」
「おいこら。穂咲からも何か言ってやってください」
「あたしの推理がまた当たったの!」
「まて貴様」
流石に今日は許しません。
俺は先生と穂咲をその場に立たせて。
後輩二人を連れて帰りました。
ご褒美に、クレープをご馳走してあげたら。
それはそれは喜んでくれました。
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