イブニングスターのせい
~ 十月三十一日(水)
入れ替わったコースター ~
イブニングスターの花言葉 忍耐
昨日は大失敗したというのに。
今日も朝から虫眼鏡をかざし。
みんなに、可燃性のものを遠ざけられるのは
そんな迷探偵の、軽い色に染めたゆるふわロング髪。
今日は頭のてっぺんにお団子にされて、そこにイブニングスターが一本活けられているのですが。
久しぶりに、バカっぽく感じます。
そんな穂咲は、二時間目の授業が終わると。
渡さんと六本木君に声をかけて。
水筒にいれてきたウメジュースを振舞うのです。
「今年作った分、これで最後なの」
「たっぷり作っていましたので、年を越しても残るものと思っていたのですが」
「そんなことしたら、苦くなっちゃうの」
「へえ。長く漬ければいいというものでは無いのですね」
これで飲むのが一番おいしいと。
わざわざ持って来たグラスに氷を入れて。
俺が並べたコースターに、グラスをほいほいと置いていくと。
六本木君が四つのグラスへ、水筒からとくとくとジュースを注いでくれました。
「うーん、後一杯分くらい残ってっかな?」
「では、俺が頂きたいのです。おばさんのウメジュース、大好きですので」
「あいよ。それにしても道久、随分可愛いコースター持ってんだな?」
「商店街で配っていたのですけど、一枚一枚がやたら薄いので、三枚重ねでやっと事が足りるのです」
渡さんの前に置いた紙コースターを見て。
六本木君が楽しそうに笑っています。
「ペンギンか? グラサンでビーチベッドに寝そべって。可愛いじゃねえか」
「可愛いのです」
「可愛いの」
「そう? ペンギンは寒いところにいるものでしょうに。センスを感じないわ」
そんな渡さんのリアクションを聞いて。
残る三人そろって苦笑い。
一番価値の分からない人の所へ行ってしまいました。
「俺の虎より可愛いだろうが」
「虎がトラクター運転してるの? ……肉食なのに?」
「お前、妙なとこで融通きかないよな」
六本木君の指摘に、眉根を寄せてしまった渡さん。
一口だけ楽しんだジュースをコースターへ戻すと、ムキになって反論します。
「なによ! 隼人の方が石頭じゃないの!」
「俺ほどの柔らか頭つかまえて、なに言い出すんだよお前」
そして六本木君は、虎のコースターもちょっと気に入っていたようで。
濡らしたくなかったのでしょうか、本末転倒なことに机に直接グラスを置いてから。
いつもの口喧嘩を始めるのです。
「ジョークでもクイズでもパズルでも、俺の方がセンスあるじゃねえか」
「じゃあ『都内、田舎』って、ゆーっくり言ってごらんなさい」
「はあ? ……都内、……田舎」
「もう一回」
「都内、田舎」
「サンタクロースが乗ってる物は?」
「トナカイ」
「……乗ってるの?」
「あ! ソリの方か! うわー、それ腹立つな!」
してやったりといった顔で鼻を鳴らす渡さんに。
口を尖らせる六本木君なのですが。
「十回クイズってやつですね。ゆっくりしゃべっても効果あるのですね」
「そうよ? 要は、言葉に何か意味があるのかもって意識させることが重要なの」
なるほどね。
……ん?
どうしました穂咲。
袖をくいくい引いて。
「あたしもそういうの知ってるの。やってみるから、引っかかって欲しいの」
「おかしいだろ。それに俺は、こういうのには引っかからないのです」
なんでみんな引っかかるのか、理解できない程度には柔軟ですよ?
いつも君のミラクルなボケに突っ込まなきゃいけないから。
言葉の反射神経がいいのかもしれませんね。
「ピザって十回言うの」
「はあ。ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
「じゃあ、ここは?」
「膝を指差してどうする気です?」
しまったって顔しなさんな。
六本木君も渡さんも、お腹を抱えて笑い始めちゃいましたよ。
ほら御覧なさい。
普段からこんな目にばっか付き合わされているのに。
引っかかりようが無いじゃありませんか。
「やり直しなの。じゃあ、もう一回言って欲しいの」
「失敗した時点で諦めなさい。何回もやるものでは無いでしょうに」
「言って欲しいの」
面倒な奴なのです。
「肘肘肘肘肘肘肘肘肘肘!」
「あー! 意地久君なの! 罰として、最後の一杯はあたしが飲んじゃうの!」
「ちょっと! 水筒を取らないでください!」
「あはははは! 仲いいわねえ、穂咲たちは!」
「ほんと、見てて飽きねえよ」
ああもう。
君のせいで笑われたのですから。
せめてそれは俺に寄こしなさい。
「ふんぬー! ……六本木君、これ、開かないの」
「お? わりい、強く締め過ぎたか」
「またやったの? 隼人、怪力過ぎるのよ」
「うるせえ!」
そして、再び始まるいつもの口喧嘩。
俺にはお二人の方が仲良く見えて。
どれだけ見ていても飽きないのです。
……俺の正面に立っていた六本木君が、穂咲の席の前にいた渡さんと位置を入れ替えて。
受け取った水筒の蓋を開いて、穂咲のグラスに最後の一滴まで注ぎます。
「わりいな道久。レディーファーストだ」
「いいですよ。次の夏まで楽しみはとっておきます」
俺のふてくされた返事に、六本木君が嫌味な笑顔を向けた後。
……事件が起きました。
六本木君は、自分の正面に置かれたグラスを持ち上げて。
コースターの絵を確認してから口を付けたのですが。
「ちょ……、ちょっと隼人! それ、私の!」
照れて真っ赤な顔をした渡さんから、怒鳴られてしまったのです。
「どうして隼人はいっつもそうなの!? デリカシーゼロ!」
「え? だってコースターが虎の絵だったから俺のと入れ替えたと思ったんだけど」
「そんなわけないでしょ!? よく見なさいよ!」
そう叫んで、渡さんがコースターを指で押さえて差すあたり。
確かに、ペンギンの頭が見えます。
「いやいや、間違いねえって。ここにとらの絵が……、あれ?」
そして六本木君がグラスを持ち上げて。
自分の見間違いを確認したのですが。
未だに首を捻っています。
「おかしいな。俺はほんとに虎の絵を見たんだが……」
「男らしくないわねぐちぐちと! これのどこが虎なのよ!」
「お、お前は俺を信じねえってのかよ!」
いつものケンカとはちょっと違う。
険悪なムードになったのですが。
……そこに、空気の読めないやつがしゃしゃり出てきました。
「これは事件なの!」
「おい、やめなさいって」
「そして真犯人は、助手の道久君なの!」
「ほんとやめなさいって。なんですか毎回そのパターン」
迷探偵ホーサキに、連日にわたって犯人扱いされて。
指をびしいと突き付けられたのですが。
「お二人からも言ってやってください」
「やっぱり道久のせいか! お前のせいでひでえ言いがかりだ!」
「秋山のせいで、恥ずかしい思いしたわよ!」
「ほんとなの。さっさとお縄につくの」
「……なにその数の暴力」
ひどい。
ここは仕方ありません。
自分の無実は、自分で晴らすとしますか。
「ええと、まずは理論的に。あてにならない六本木君より、渡さんの言うことを信じるとして」
「おいこら」
「グラスは入れ替わっていないものとして、六本木君が見た虎の絵とは何なのでしょうか。勝手にコースターの模様が変わるでしょうか?」
「そんなことはどうだっていいの。犯人のワトヒサ君は、間接チューを見たかったから魔法を使ったの」
まったくもって、探偵という仕事を理解していない迷探偵さん。
のんきにグラスを傾けながら、俺を冷たい目で見ているのですが。
「偉そうに言ってますが、君は何様のつもりですか?」
「名探偵様なの」
「グラスにコースターくっ付けたまま飲むお子様が何を言ってます」
「…………あ」
「そっか、それじゃない?」
え?
なんです?
穂咲や俺より、ずっと探偵向きのお二人さん。
三枚重ねの、紙のコースターをペラリと捲ります。
すると、びしょびしょに濡れて、恐らくグラスに張り付いていた二枚の下から。
乾いたままの虎のコースターが現れたのでした。
「おお、なるほど! 途中から、絵が変わっていたのですね!」
「ややこしい! でもこれですっきりしたぜ!」
「……ってことは、ほんとに犯人は秋山だったのね」
え?
「いえいえ、こんなので犯人とか言われましても」
「あたしの推理は間違いないの!」
「こいつが調子に乗ると面倒なので、お二人からも何か言ってください」
「さすが名探偵。道久のせいでひでえ目に遭った」
「さすがはホーサキね。秋山のせいで恥ずかしい思いしちゃったわよ」
三人ににらまれた俺が。
口にできる言葉なんか、一つしかありません。
「……民意って」
憮然としながら飲んだ、今年最後のウメジュースは。
きっと漬かり過ぎだったせいでしょう。
とても苦い味がしました。
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