スイレンのせい


 ~ 十月三十日(火)

    灰が生むメッセージ ~


   スイレンの花言葉 滅亡



「パーカー、暖かいのです」

「良かったの。でも、没収したいの」

「まだ怒っているのですか? 昨日のは、俺のせいでは無いでしょうに」


 自宅の中に隠した宝石箱。

 それが見つからないのを俺のせいにして。

 朝から微妙に不機嫌なわがままっ子、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭の上で丸い板にして。

 それを池に見立てて、スイレンの花を赤と白、二つ浮かべているのですが。


 左右に頭を傾げる度に、花が水面を移動していますけど。

 どんな仕組みになっているのです?



 今日は二年生全員、六時間目は授業が無くて。

 その時間をあてて、修学旅行の感想文など書いているのですが。


 原稿用紙一枚では、あっという間に書き終わってしまううえ。

 先生もいないので。

 班ごとに集まって雑談会のようになっています。


 俺たちの周りにも二班分。

 十二人ものメンバーがごちゃっと集まっていますけど。


 みんなが楽しそうにおしゃべりをする中で。

 俺は穂咲のご機嫌取りに悪戦苦闘しているのです。


「むう! 助手が無能だと、名探偵は活躍できないの!」

「ほぼ、助手が作業したのですけどね」


 君は山から転がり出てきた品で遊んでただけじゃないですか。

 そんな名探偵がありますか。


 膨れる穂咲に。

 渡さんが眉根を寄せて問いただします。


「探偵? 穂咲が?」

「香澄ちゃんまであたしをバカにするの!」

「そりゃそうよ。穂咲が推理なんてできるわけ無いじゃない」


 とうとう、スイレンと見まごうばかりに丸く膨れてしまいましたけど。

 勘弁してくださいよ。

 こいつが不機嫌になればなるほど。

 迷惑を被るのは俺なのですから。


「じゃあ、何か事件が起きたらあたしが一瞬で解決するの!」

「へえ? それは見てみたいわね」

「煽らないでください。それに、事件なんてそうそう起こるものでは……」


 などと言いかけた俺をあざ笑うかのように。

 後ろの席から、神尾さんの声が聞こえてきたのです。


「あれ? ……え? どうして??? 何が起こったの?」


 テンプレにもほどがある、探偵発進の合図。

 見る間にどや顔を浮かべた穂咲が鞄から巨大な虫眼鏡を取り出して。

 颯爽と事件現場へ振り返りました。


「名探偵、ホーサキが即解決なの! 犯人は、助手のワトヒサ君なの!」

「やめなさいよ。助手が犯人ってパターンも古典的です」


 ドラマの見過ぎですから、君。


「神尾さん、何を慌ててるのよ」

「香澄ちゃんは手を出さないの! このヤマは、あたしが解決したの!」

「まだ調査前でしょうに! 俺に罪を擦り付けておしまいにしないでください! ……神尾さん、何があったのです?」

「えっと……、あれ? 私の勘違い?」


 未だに首を捻ったままの神尾さん。

 その見つめる先は、机に置いた原稿用紙。


「あれ? どうして白紙なのです? さっき感想書いていましたよね?」

「そ、そうだよね。やっぱり夢じゃないよね。じゃあ、どうして……」


 神尾さんらしい。

 感想を書いたつもりになっていただけなのかと、自分を疑っていたのですね?

 でも、俺は見ていましたので。


「確かに神尾さんは感想を書き終えて、原稿用紙を逆さに伏せて、机の上に置いていたのです」


 俺が状況を説明すると、周りにいたみんなが揃って眉根を寄せます。

 そして、床に落ちていないか探したり。

 机に入っていないかと指摘したり。


 にわか探偵団がそれぞれ推理するのですが。

 どれもこれもハズレなのでした。


「もう! さっきからあたしを無視しないで欲しいの! あたしが解決したの!」

「なんにも解決してないですから。ちょっとは探すのを手伝いなさいな」

「真犯人は黙ってるの!」

「……穂咲。ひょっとして、何が謎なのか分かってないのでは?」

「そんなの簡単なの! この真っ白な原稿用紙が怪しいの!」


 なにやらぷんすこと怒った穂咲さん。

 絶対に状況を把握していません。


 虫眼鏡を持った手を机にドスンと置いたまま。

 原稿用紙をにらみつけているのですが。


「そうしていると、文字が浮かび上がるとでも?」


 ……やれやれ。

 こいつはあてになりません。


「神尾さん、まさかとは思いますがポケットへ折って入れたりしていませんか?」

「えっと……、無い、かな……」


 席を立って、ポケットの中を丁寧に探った神尾さんが苦笑いを浮かべると。

 皆も、まさかと思いつつ自分のポケットを探ったりしていたのですが……。


「……ん? なんだか、焦げ臭くありませんか?」

「ワ、ワトヒサ君! 助けて欲しいのっ!」

「うわあ! 火ぃ出とる! 虫眼鏡で燃やしちゃったの!? 何してんのさ!」


 穂咲が持っていた虫眼鏡。

 奇跡的角度で、原稿用紙の中央に光を集めてしまったよう。


 中央から外に向けて、めらめらと燃える原稿用紙。

 慌てて目についた紙を掴んでバンバンと叩きつけたのですが。

 結局、俺のとった行動は。

 燃え尽きた灰を四方八方へ飛ばすことになっただけなのでした。


「つ、つい反射的に無駄な動きをしました……」

「道久らしいな。……みんな! 火傷してねえか?」


 六本木君が声をかけると、みんなは揃って頷きで返したのですが。

 その中で一人。


「え? …………えええええ!?」


 神尾さんだけが大声を上げて、机を指差しているのです。


「あ、あたしが書いた感想文!」


 そんな馬鹿な!

 みんなが一斉に神尾さんの机の上を見ると。

 そこには確かに、神尾さんの感想が書かれた原稿用紙が置かれていたのです。


 空白の原稿用紙が燃え尽きたその場所に。

 本物の原稿用紙が姿を現した。

 一瞬、驚きの声をあげたのですが。


 ……ちょっと待ってください。


「やっぱりあたしの推理した通りなの! 怪しい原稿用紙を燃やしたら、本物が姿を現したの!」

「いえ、これは俺が火を消そうと思って叩きつけただけなのですが。……名探偵ホーサキさん。一つお聞きしたいのですが」

「なんなのかねワトヒサ君! あたしの華麗な推理を聞きたいのかね?」


 調子に乗って、ポーズなんか決めていますけど。

 推理するのは俺の方なのです。


「俺、火を消そうと思って、君の机から原稿用紙を取ったのです」

「ふむ! そんなことをしてはいけないのだよワトヒサ君! だってあたしの机にあったの、神尾さんの感想文なの!」

「…………なんで?」

「参考にしようとして借りてたのだよ! こっそり!」

「その間、君の原稿用紙は?」

「こっそり借りたのがバレないよう、代わりにここに置いておいたに決まっているではないか!」


 ……いまだに焦げ臭さの残る神尾さんの机をバンバンと叩いた真犯人。

 その自供を聞いた全員が、こめかみに血管を浮かせます。


「あれ!? あたしの原稿用紙がどこにも無いの。……忽然と消えたの! これは事件だよ! ワトヒサ君!」

「事件ですね、ホーサキさん」


 こうして、みんなを混乱に陥れた迷探偵ホーサキさんは。

 感想文を、先生の前で叱られながら書くことになりました。



 助手のワトヒサ君を待たせて。

 ……二時間も待たせて。


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