ルクリアのせい


 ~ 十月二十九日(月)

         ヒスイの迷宮~


   ルクリアの花言葉 清純な心



 一夜漬けにしては、なかなかどうして。


 布団、カーテン、床マット。

 ピンクに統一された布もので着飾った部屋の中央。

 丸テーブルにもピンクのテーブルクロス。

 その上に飾られたルクリアも、ピンクの小花を開かせてお出迎え。


 でもね?


 テーブルに、床に。

 別の鉢を犠牲にしたのでしょう、綺麗にお花を散らしてありますけど。

 これはやり過ぎです。


「……昨晩は、お疲れさまでした」

「何の話なの? いつも綺麗にしてるから、何の話か分からないの」


 すまし顔で部屋へ入って、ピンクのクッションにぽふっと座り込む嘘つきさん。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をハーフアップにして。

 そこに、ルクリアの小花をふんだんに活けていますけど。


 なんですか、そのピンク押し。


「お芝居はもういいです。普段の、足の踏み場もない状態を知っていますし」

「でも、ママから作戦通りに動くよう言われてるの」

「それを言っちゃってどうしますか」


 しかも、台本は手に持ったままですし。


「あ、もひとつセリフがあったの。部屋は心を映す鏡と言うけれど、あたしはここまで清純だから恥ずかしいの」

「惜しい。清純じゃないから恥ずかしい、ではありませんか?」

「ほんとなの、合ってるの。これ書いたの、道久君なの?」

「どうしてそうなる」


 やれやれ、頭が痛い。

 とは言え、マンガで見るような女の子の部屋というものを堪能できた件についてはそれなり喜ばしいのです。


 多分、明日には棚やテーブルが雑多なもので埋まって。

 明後日には床が珍奇なもので埋まってしまうのでしょうから。

 今のうちに、目に焼き付けておきましょう。


「えっと、部屋をきょろきょろ見ている場合は……、あったの。あんまりじろじろ見ないで欲しいの。女の子の部屋が、そんなに珍しい?」

「穂咲はどう思うのです?」

「すっごい珍しいの。この部屋、こんなに広かったなんて知らなかったの」


 そう言いながら、部屋をきょろきょろと見ておりますが。

 普段の部屋には清純さの欠片も無いですけど。

 謀に向いていない心については、むしろ清純だと思います。


「では宝石箱を探しますか。クローゼットか、ベッド下のケースあたりですかね」


 お花を踏まないように気を付けながらクローゼットへ近付く俺に。

 穂咲はふるふると首を振ります。


「無いの」

「え?」

「クローゼットも戸棚もベッド下のケースも、机ん中までからっぽなの」

「…………戻してないの?」

「うん。だから、あるとしたらこっちなの」


 穂咲に促されて廊下へ出て。

 開かれた扉の中を覗き込んで、俺は絶句しました。


「この、ゴミの山から探し出せと?」

「ゴミじゃないの。全部大切なものなの」


 俺が頭を抱えてうずくまると。

 階段の下から顔を出したおばさんと目が合いました。


「……あちゃあ、じゃないです。俺の方があちゃあです」

「なんで見せちゃうかな……。か、勘違いしないでね? ほっちゃんは綺麗好きなの。パパが、ご覧の通りだらしないだけで……」

「可哀そう! 一番目立つとこに女子用の制服が転がってるので弁解不能!」


 ほんとにおじさんのだったら、おおごとなのです。


「そ、それは……、あの……」

「まだ頑張りますか。では、これはおじさんの物なのですね?」

「私のよ!」

「もっとおおごとになった!」


 ウソって、転がり続けるとどんどん大きくなって。

 ついには雪崩になるのですね。


 もう分かりましたから、おばさん。

 おじさんの部屋に駆け込んで、穂咲の夏服を体に当てて。

 ひきつった笑顔を浮かべるのやめてください。


 なんか、いかがわしいです。


「変なママなの。それはあたしの制服なの」

「こら! ほっちゃん、忘れたの? 白鳥さん計画!」

「……なんだっけ」

「綺麗な姿だけをアピール!」


 慌てすぎですって、司令官。

 作戦が敵に駄々洩れですよ。


 それにですね。

 こいつにそういうの無理と言いますか。

 そもそも、理解できていませんし。


 首を捻りながら台本をペラペラ捲って。

 ほら、とんちんかんなセリフをセレクトしてしまったじゃないですか。


「こんなに綺麗なお部屋なら、あたしの心のように輝く宝石箱も探しやすいの」

「それはこっちじゃなくて! 自分の部屋を指差して言うセリフ!」

「この部屋が綺麗ってどういうことです? 君の部屋、もともとはどんな部屋だったのです?」

「もう一回りごちゃっとしてたぶふっ」


 司令官が、穂咲の口を慌てて塞ぎました。

 

「なんか、素敵ゼリフで倍プッシュ! せめて元値に戻しなさい!」

「倍々ゲームは一番ダメなパターンですって。財布が一瞬で空になりますよ?」


 せっかくの忠告も、道久君はちょっと黙ってなさいと一蹴されて。

 穂咲の頭を揺すって素敵ゼリフとやらを絞り出そうとしてますが。

 お花が落ちるから、やめたげて。


 そんな猛烈指示に目を回しながらも。

 穂咲がぽつりと口にした言葉は。

 俺の胸を暖かくしてくれました。


「えっと。……あ、誕プレ買っといたの。青いパーカー」

「へえ! 嬉しいのです!」


 元々の案件とまったく違いますけれど。

 おばさんの言う、元値ってやつに戻すことになった穂咲のファインプレー。


 司令官は浮かれてガッツポーズ。

 そして穂咲の両手を掴んで。

 バンザイバンザイと持ち上げていましたが。


「……で? パーカー、どこにあるのです?」

「この中の、どっか」


 穂咲がゴミ山を指差すなり。

 膝から崩れて落ちてしまいました。


「……やっぱり破産しましたね」


 穂咲に賭けるからそんなことになるのです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る