エピスシアのせい
~ 十一月十二日(月)
ヒスイは消える ~
エピスシアの花言葉 可愛い女性
「道久君は、ママにぞっこんなの」
「あらそうなの? じゃあ買って欲しいものがあるんだけど」
「勘弁してください。でも、いったい何が欲しいのです?」
「ほっちゃんの欲しいもの」
「……そういうことなら、びとんのバッグってやつが欲しいの」
「勘弁してください」
出張から戻って来たまーくん一家との鍋パーティー第二回戦。
本日は土手鍋に火鍋、そして初めて聞いたのですが、ギャコックというバター風味の鍋という珍しい三種に舌鼓。
……いえ、ウソです。
火鍋は口にしていません。
まーくんと穂咲が面白がってどばどばとトウガラシをぶち込んでいましたので。
あんなの食べたら文字通り、口から火を噴きそうです。
そんな穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を下ろしっぱなしにして。
今日は一日、頭の上にエピスシアの鉢を乗せていたのですが。
湯気に当たると可哀そうと。
夕食が始まるなりおじさんの写真の前に置いてしまったのです。
……おじさんの顔が、エピスシアの独特な葉っぱのせいで隠れちゃいましたが。
おじさんは可哀そうでは無いのですか?
「なんだ、バッグなんて欲しいのか? 穂咲ちゃんも随分色気づいて来たな!」
「高級バッグくらいなら、正次郎さんが買ってくれる。ムロン、自分の小遣いを切り詰めて」
「勘弁してください」
まーくんとダリアさんが、食後のお茶で一息ついている間。
俺は穂咲と共にひかりちゃんのお相手です。
今食べたお鍋の再現でしょうか。
どんぶりにおはじきを詰めて、それを俺と穂咲に取り分けてくれるのです。
「どーぞ」
「いただきます。……ひかりちゃんが、相変わらず可愛いのです」
「ほんとなの。でも、もちっととんがらし入れると美味しくなるの」
「とんあーし?」
「そう、これなの」
穂咲がひかりちゃんにトウガラシを袋ごと手渡すと。
手に掴めるだけ掴んでどんぶりに放り込みましたけど。
あっという間に火鍋になりましたね。
「ありゃりゃ。これは、ひーひー言いそうなのです」
「これくらい大したこと無いの。ぴかりんちゃんには、あたしがふーふーしてあげるから平気なの」
「へーへー。そう言えば、アレはまだ見つからないのですか?」
「アレより先にびとんのバックが欲しくなったの。できる女の条件、その七なの。良いものを持って歩けば、プレゼントも高価なものになるの法則なの」
「なんです? その不穏な経典」
そう言えば、おばさんがたまに話していますよね、その条件とやら。
でもね、穂咲。
できる女の条件その一が、もっとママとおしゃべりすることって内容だった時点でインチキだって気付きなさいよ。
「そういえば、アレ、結局見つかりませんでしたけど。穂咲の部屋じゃなければどこにあるのでしょう?」
「道久君の部屋なの」
「あるわけ無いでしょうに」
「……ナニカ探し物。その際には、背中にものさしを挿すと効率的に見つかる」
「ダリアさんが言うと化学的っぽく聞こえますが、さすがにそれは迷信です」
「そんなことはナイ。少年、見ているがいい」
ダリアさんはすくっと立ち上がると。
背中に巻き尺を突っ込んで。
「で? ナニを探せばいい」
「それで見つかったらほにゃららの埋蔵金系のテレビ番組が無くなっちゃいます。ピンクの宝石箱を探しているのです。でもこれだけ探して見つからないと……」
「いや、たったの三日で見つかる」
「……携帯操作しなさんな。宅配で届くものは見つかったとは言いません」
きょとんとされていますけど。
買ってどうしますか。
たまに不思議なダリアさんなのです。
でも。
そんなやり取りを見ながら笑っていたまーくんが、急に首を捻り始めました。
「ん? ピンクの宝石箱? それって、あれの事か?」
「まーくん、穂咲の宝石箱なんか見たこと無いでしょうに」
「ヒスイがはいってたやつのことだろ?」
「そう! それ! なんで知ってるのよ」
「覚えてるって。だってあれを兄貴に渡したの俺だし」
「え? ちょっとそれ、どういう事よ!?」
なにか大切な昔話になったのでしょうか。
穂咲もおばさんも、目を真ん丸にしてまーくんを見つめているのですが。
「あの宝石箱、穂咲ちゃんが生まれた時におふくろがお祝いに買ったんだよ」
「ちょっ……、ちょっと待って? きっと違う宝石箱よそれ。だって、あそこには家宝のブローチが……」
「落ち着けって義姉さん、大切なものとはいえ、あんなの家宝でも何でもねえ。頭から話してやるから」
そこからまーくんが話してくれた昔話は。
いちいちおばさんの記憶と違うらしく。
事情を知らない俺には。
もう何が何やらさっぱり分からないのです。
「宝石箱を買ったはいいけど、勘当した兄貴に渡すこともできなくてしまいっぱなしになってたんだよ。だから兄貴がこっそり実家にブローチを取りに来た時、あの箱に詰めて渡してやったんだ」
「え? じゃあ、もともとの箱とは違うの?」
「あのブローチに箱なんて無いんだ」
「だったらほっちゃんの箱じゃない。でもあの人、これは私のだって言い張って強引に押し付けてきたのよ?」
「聞き間違いじゃねえの?」
「あるいは、ブローチが私のって意味?」
「あの石が義姉さんの、なんてわけはねえ。所有権があるとすれば藍川の本家だろ。その辺は兄貴も分かってたと思うけど……」
すっかり首を捻りっ放しになってしまったおばさんですが。
最後にはさっぱりと。
「まあ、いいか!」
「いいのかよ」
「今は、ブローチは藍川の家にあるし。穂咲の宝石箱は、どこやったか分からないけどウチにあるし。万事OKじゃない!」
「え!?」
「え?」
「ええええええ!?」
「なによ。ほっちゃんの宝石箱、ウチに無いって言いたいの?」
まーくんは椅子を立って、おばさんの肩をがしっと掴みます。
なんでしょう。
穂咲の宝石箱が、そんなにおおごとなのでしょうか?
「なに言ってんだ? ヒスイはこっちにあるって、おふくろ言ってたぞ!?」
「なんでよ。お義母様がもってっちゃったのに、あるわけねーでしょうが」
「ねえの!?」
「ないわよ」
「ほんとにねえの!?」
「…………あるの!?」
真っ青になったおばさんが辺りをキョロキョロ見渡しますが。
そんなすぐ見つかるはず無いでしょうに。
「あの人、こっちに持って来てたの!? どどっ、どこにあるのかしら!」
「無くしたなんてことが知れたらおおごとだぞ? おふくろ、やっとヒスイが二つ並ぶ日が来るとかめちゃくちゃ楽しそうに踊ってたんだから」
「お義母様が!?」
「ああ見えて、けっこうお茶目なとこあるんだよ。……しかし、怒るだろうなあ」
「内緒にしておいて!」
「いや、誤解があるかもしれねえから聞いてみようと思うんだけど……」
「そんな意地悪言わないで~! お願い~!」
「義姉さんも、可愛らしいとこあんのな」
珍しい、おばさんの可愛いおねだりという攻撃に撃沈したまーくんは、おばあちゃんに内緒にしておくことを渋々了承したようですが。
それにしても、お話は半分くらいしか理解できなかったのですけど。
なにやら大変そうなのです。
「……可愛いと、言う事を聞くの?」
「え? ええ、人によると思いますが……」
この人、当事者では無いのでしょうか。
のんきにひかりちゃんと遊んでいますけど。
そんな穂咲は、こっそりと。
ひかりちゃんに耳打ちするのです。
「ぴかりんちゃん、道久君に言うの。びとんのバッグほしいのって」
「そんなこと言わせないでください」
まったく、そんなこと教えたら。
ひかりちゃんまで、語尾に『の』がつくことになってしまうのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます