プリマドンナのせい


 ~ 十一月八日(木)

     谷に人知れず咲く花の色は ~


   アルストロメリア・プリマドンナの花言葉 華やかな存在



 暑い。

 今日は急に、まるで春のような陽気となりました。


 暑さに弱いため、ブラウスのボタンを二つも外して。

 えよんえよんと、下敷きで顔を仰いでいるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、さっきまでは下ろしていたはずなのに。

 よっぽど暑いのでしょう。

 頭の上に持ち上げて、強引に縛っているのですが。


 せっかく頭に活けられた、美しいアルストロメリア。

 ピンクのプリマドンナと言う品種のお花が。

 縛ってしまった髪の下敷きになっています。


「お花が可愛そうです」

「確かにそうなの。……ふう、勉強なんかする気になれないの」


 頭から、すぽんとお花を抜いて。

 ぐちゃぐちゃな髪に、改めて挿しながら。

 穂咲は英語の教科書の挿絵に落書きを始めてしまいました。


 でも、無理もありません。

 それを叱る元気もないほど、俺も暑さに参っているので。


 先生が、こちらをチラリと見たようですが。

 注意もせず、柿崎君に教科書を読ませます。


 どうやら先生も。

 暑さのせいで、やる気が無いようです。


 俺も、今日だけはちょっと休憩。

 そう思いながら、穂咲の落書きをぼけっと眺めると。


「……相変わらず、君の絵は見事ですね」


 バスがほぼ正面から書かれた挿絵に。

 生き生きとした顔が書かれていたのです。


「今にもしゃべりだしそう」

「ほんと? じゃあ……」


 穂咲は首をひねりつつ。

 バスに吹き出しを書き足して。


 『らいじょぶらって、酔ってねえら~』


「酔ってるっ!」


 これはなに? 飲酒運転?

 いや、運転手さんが酔っているわけでは無いのですが……。


 いずれにせよ。

 こんなバスには乗れません。


「どう?」

「ブラックジョークとしては上々です。哲学的でもあるので、俺の好みです」

「なら、今日の所はこれで終了なの」


 そんなことを言いながら、机に突っ伏す穂咲でした。


 しかし、冬服でこの気温はちょっと。

 携帯を見ると、夏のような温度が表示されていますし。


 ここのところ、肌寒い日が続いたので。

 いくらなんでも……、おや?


 俺は、携帯にメッセージが入っていることに気付いて。

 先生の様子を見て安全を確認したのち。

 画面を開いてみました。


「……おばさんから?」


 文言を見ても、ピンと来ないのですが。

 なんのことでしょう?



< 道久君! 穂咲に何てこと言うの!?



 ……うーん。

 思い当たる節があり過ぎて分かりません。



  どれのことでしょう  >


< 私を美人って言ってどうするの!

  ほっちゃん、膨れるに決まってる

  でしょう! 正座!


       授業中です >


< 正座!!!!!



 …………仕方ない。


「何をやっとるか貴様は」

「気にしないでください」


 俺が椅子の上で正座をすると。

 さすがにクラスがざわつきました。


「……事件なの!」

「違います」

「何で正座してるか当てるの!」


 途端にはしゃぐ穂咲でしたが。

 先生にぴしゃりと叱られます。


「授業中に遊ぶな! お前ら、もうすぐ社会に出るんだぞ? 分かっとるのか?」

「あたしの推理によると、道久君はあたしの華やかさに見惚れていたの!」

「何を言い出しました!? 違いますよ!」


 すっかりやる気の無かったクラスの皆が。

 ひゅーひゅーとはやし立てます。


 ああ、もう。

 暑い上に、うっとうしいことになりました。


「違いますよ。この高さにしたのはですね、君ではなく、ピンクのお花が可愛くて見ていたかったからなのです」


 単なる言い訳でしたけど。

 現にプリマドンナの美しいお花が。

 この高さからだと、一層綺麗に見えますし。



 ……いや。


 しまった。



 今、違うお花が見えてしまったのですが。



 胸の谷間あたりに。



 だって君、ブラウスのボタンを二つも開けてますし。

 役得……、じゃなくて。

 不可抗力なのです。



 でも、この迷探偵さん。

 こういう時だけ鋭くて。


 胸元を慌てて押さえて、俺をにらみつけながら大声をあげるのです。



「し、真犯人どころか、犯罪者の巨悪な黒幕でスケベさんなの! そんでエッチで変態で、むっつりスケベおやじなの!」

「誤解ですから! そんなつもりじゃなかったのです!」

「ってことは、ほんとに見てたの!」


 途端に悲鳴と罵声で満たされた教室の中。

 先生はめんどくさいと言わんばかりに両耳を塞いでいます。


 ええ、そうですね。

 穂咲はわなわなと震えながら、パワーを溜めていますし。


 外まで響き渡りそうな大声。

 俺にも予想がつくので。

 耳を塞いだというのに。



「エロ久君は、廊下で立ってるのーーーー!!!!!」



 ……塞いだというのに。

 未だにキーンと音が鳴っているのです。



 本日ばかりは。

 犯人と呼ばれても仕方ないかと思います。



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