17

「そしてーひとつぶー…」


 窓にもたれて歌ってると、そんなあたしを頼子と宇野君が遠巻きに見てる事に気付いた。

 今までなら、こんな所、誰にも見られたくなかったのに…

 何だかなあ…どうでもよくなるって。



 結局、髪の毛は切れなかった。

 頼子が


「失恋で髪の毛切るなんていつの時代よ」


 って、美容院の手前であたしを引き止めた。

 いつの時代って…

 今だってみんな、そうしてるでしょう?


 そう言いたかったけど。


「大丈夫。あんたは充分このままでも魅力的」


 って、呪文のように言い続けてくれて…

 そして、あの日から毎日、朝早くうちに来て、あたしの髪の毛をセットしてくれる。


 いつも三つ編みだったあたしの髪型。

 ポニーテールや編みこみになったり、おだんごになったり…

 フキさんは、モデルさんみたいですよ、なーんて言ってくれるけど。

 申し訳ないほど、盛り上がらないあたしがいた。



「ね、るー。今日、ダリアに寄り道しない?」


「頼子、生徒会の日じゃない」


「うっ…そー…そーなんだけど…」


「ごめんね。気を使わせて。宇野君、今日はクラブ出ないの?」


「えっ、試合もないのに、クラブなんてしないよ」


「うっわ、勇二が聞いたら泣くわよ?あんたキャプテンなんでしょ?出なさいよ」


「嫌だー!!俺は帰るんだー!!」


 宇野君はそう言って、カバンを持って教室を走り出た。


「頼子も生徒会行っていいよ。あたし、そろそろ帰るから」


「…平気なの?」


「心配かけてるよね。ごめん。今日の髪型…あたし結構好きかも」


「…そ?」


 今日、頼子がしてくれた髪型は、両サイドの髪の毛を少しずつとって小さな三つ編みを作ってそれを後ろで結んでる。

 今まであまり髪の毛をおろす事がなかったから、新鮮。

 頼子みたいに、真っ黒でストレートなら…おろしててもカッコいいんだけど。

 あたしみたいに細くて猫っ毛で少しクセのある髪の毛だと、似合う髪形も少ない気がして、いつも三つ編みだった。



 頼子に手を振って、靴箱に向かう。

 …ダメダメ。

 あたし、磨きをかけるって宣言したのに。

 今夜、頼子の家に並んでる『流行通信』を眺めに行こうかな…



「るっるるるるるるるーーーーー!!!!」


 大きな声にギョッとすると、帰ったはずの宇野君がものすごい勢いで走ってきた。


「なっ…何…」


 身構えてると、宇野君はあたしの腕を掴んで


「ナナナナナナナナッキーが来てるんだ!!知り合いだったのか!?」


「えっ?」


「待ってるんだ!!早く!!」


「あああああの、うう宇野君…?」


 宇野君は、あたしの腕を掴んだまま走り出した。

 わけも分からず、あたしも走る…けど…

 え?ええええ?

 ナッキー…さん?


 途中からは無理矢理引きずられながら、あたしは校門の人だかりのそばまで来てしまった。

 その人だかりの中心に…オレンジ色の髪の毛が。


「や」


「…どうも…」


 …バツが悪い。


「ありがとう」


 ナッキーさんにお礼を言われた宇野君は、満面の笑み。


「じゃ、次のライヴで!!」


 歓声が上がって、その中をあたしは…ナッキーさんに背中を押されて歩き始めた。



 * * *


「この前は悪かったね」


 並木のベンチに座って、ナッキーさんは開口一番謝られた。


「……」


 何て答えていいか分からず、黙ったままのあたし。

 しかも、立ったまま。


「座れば?」


 ナッキーさんが自分の隣をトントンってして、あの日の真音と重なる。

 少しためらったけど…あたしは黙ってそこに座った。



「はじめてちゃん…なんて言って、悪かった。本当に」


 改めて、ナッキーさんはそう言って、あたしに頭を下げた。


「…もういいです…」


「…マノンと話してた失礼な言葉の数々も?」


「…いいです…」


「お世辞で言うんじゃないけどさ、その髪型は似合う」


「……」


「って、お世辞に聞こえるだろうなあ。でも、ほんと」



 この人、何しに来たんだろう。

 わざわざ謝るために?



「マノンに、こっぴどく叱られた」


「…え?」


「初めての何が悪い?って。ナッキーだって、初めてを山ほど経験して今なんだろ?ってさ。感受性が備わってからの初めてが、どんなに素晴らしくて大きな事か、おまえにわかんのかって」


「……」


「そんなの、マノンにもわかんのかよって話だけど」


 そんな風に…思ってくれてたんだ…



「正直さ、あいつ、すっげー遊んでたよ」


「…女の人と…って事ですか?」


「うん。でも、最近は様子が違った」


「……」


「君の、初めてに対する驚きや感動がツボだったんだろうな」



 あたしは、一緒にいた時の真音を思い返す。

 どんな人だった?

 あたしの話、黙って聞いて…

 笑ったり、立て直してくれたり…



「マノンを、好き?」


 真顔で問いかけられた。


「……」


 好き…好き?



「あたし…男の人に憧れたのは初めてで…」


「うん」


「好きっていう気持ちが、それと同じなのか、今も分からないんですけど…でも、彼の事を考えると、苦しいんです」


 ナッキーさんは、身を乗り出すような姿勢であたしの話を聞いてたけど、最後まで聞いて安心したような溜息をつかれた。


「良かった」


「…え?」


「相手を思って嬉しくなったり苦しくなったり、それが恋だろ?」


「……」


「ここ、俺のマンション。マノン、今日バイト休みだから、もう帰ってるよ」


 ナッキーさんはそう言うと、住所を書いた紙をあたしにくれた。


「えっ、でも…」


「会って話しておいで」


「……」



 手の中には、あたしの恋の行く先。

 それは、甘い物なのか、苦いものなのか。

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