08

「へー、そんなにいい男なの?」


 朝霧さんと別れて、頼子の家に行った。


 風邪で休んでたはずの頼子は、やっぱりサボりで。

 お父様がどこか外国で一目惚れして買って来たっていう、紫色と黄色のストライプ柄ソファーに座って、足の指の爪に塗ったマニキュアをふーふーってしてる。



「いい男って…そんな言い方…」



 昨日、ライヴハウスで朝霧さんを頼子と間違えた事。

 そして今日…再会した事。

 あたしはそれらを、夢見心地で話した。


 頼子はずっと、『へー』とか『ふーん』とかって聞いてたけど。

 手の指にもマニキュアを塗り終えると。


「でもね、るー。その人に恋はしちゃダメよ?」


 首を傾げて言った。


「…恋?」


「恋じゃないの?」


「…そうは思わなかったけど…」


「ならいいわ」


 …恋。


 ドラマや映画の恋は、あんな風に出逢わないよね。

 もっと…ロマンチックって言うか…

 …親友と間違えて袖を掴んで、慌てて全力で逃げ去るなんて…

 …絶対、恋には発展しない。



「でも、どうして?」


 発展しない。って思いながらも…一応…恋の勉強として問いかける。


「昨日の三番目のバンドでしょ?誠司と勇二が大好きなバンドね。結構有名よ」


「……そうなんだ」


 有名なバンド…

 あたし、そんなバンドの人と、お弁当一緒に食べちゃった…

 それだけでも、ちょっとすごい事に思えるし…

 それ以上は夢見れないって思った。



「絶対遊んでるわよ。るーもいいように遊ばれておしまいって事になっちゃいけないから、もう会わない方がいいんじゃない?」


 つけっぱなしのテレビからは、石川ひとみの『まちぶせ』

 あたしは…なぜか頼子の言葉を聞き入れるのが嫌で。

 無言で、その歌詞に聴き入った。

 色んな恋の形があるんだな…って。



「…憧れるだけでも…ダメなの?」


「え?」


 気が付いたら、言葉にしてしまってた。


「素敵だな…って、それもダメなの?」



 朝霧さんは大阪の人で、だけどバンドをするために引っ越して。

 今はボーカルの人のマンションに居候させてもらってる。

 高校だけは卒業する約束だったから、普段はマジメに学校に行ってる事。

 平日は、夕方から表通りの楽器屋でアルバイトをしている事。

 ギターが大好きな事。

 …目をキラキラさせて、話された。


 夢があるっていいな。

 本気で、そう思った。



「るー…」


 自分では気付かなかったけど…あたしは相当ムキになっていたらしく。

 頼子が拭ってくれて、初めて自分が泣いてる事を知った。


「もう、恋しちゃったんだね」


「…そんな、恋だなんて…」



 恋…恋?

 あたしは全然実感なんてないけど、頼子は少し寂しそうな顔をした後、あたしの後ろに回り込んで。


「いいじゃない。今度会わせてよ。そのいい男に」


 あたしの耳元で、そう言った。


 そして…


「でも、るーを泣かせるような男だったら許可できないからね」


 少し…すごんだ風に、付け加えた。

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