07
ライヴ翌日。
頼子と宇野君が、話を合わせたように風邪を引いて休んでしまった。
風邪なんて大嘘で、本当はライヴではしゃぎ過ぎて筋肉痛なんだよ。って瀬崎君は言ったけど…
…ライヴで筋肉痛…
あたしには想像もできない。
瀬崎君はスポーツマンだけあって、筋肉痛とは無縁。
だけど実は…あたしも筋肉痛だったりする。
体育でもあんなに走った事ないのに…あの原動力は何だったんだろう?
頼子のいない学校がつまんないのと、あたしだって筋肉痛だ。なんて…それを理由にして。
あたしは…人生初のサボリ!!
お昼前に学校を出てしまった。
いつもは頼子と歩く並木の公園。
今日は、勝手に名付けてる『並木のベンチ』でお弁当を食べよう。
そこでは時々お母さんが赤ちゃんをあやしてたり、素敵な老夫婦が仲良くおしゃべりされてたり、そのどれもが絵になって見える。
果たして、あたしのお弁当を食べる姿が絵になるかどうか。
ワクワクしながらベンチに向かう……と、誰かいる。
なんだ…先客あり、か。
しかも茶髪…んん…ヤンキーという部類の人だったらどうしよう。
そういう世界もある。とは思いながら、あたしには無縁の世界。
怖い。
足取りが重くなり、せーの、で方向を変えると…
「なあ、今何時?」
背中に声がかかった。
ひーーーーーーーー!!
背中を向けたまま腕時計を確認。
「じゅじゅじゅ11時53分です!!」
「なんて?」
「じゅ…11時5…4分になりました!!」
「こっち向いて言うてくれへん?」
ひーーー……あ…あれ?
もしかして関西弁…?
あたしは恐る恐るベンチを振り向く。
すると、そこには…昨日、あたしが頼子と間違えた男の人。
「よ」
あたしに向かって、軽く手を上げられた。
「……はっ…あ…あの…」
「昨日ダリアに来てたやろ?」
「お…おおお覚えて?」
「強烈やったもん」
「…強烈…?」
「いきなり、この格好おかしないかって」
ぎゃーーーーーーー!!
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
ペコペコと頭を下げると、その人は手を叩いて大笑い。
「あははは!!おまえおもろいなあ!!」
「………」
ど…どうして…!?
あたし、今何かおかしかった…!?
おもろいって笑われるなんて…
な…なんて言うか…
は…恥ずかし過ぎる!!
「学校、終わり?」
その人、自分の横を手でポンポンって…
…す…座れって事!?
「あ…あの…学校は…その……」
じりじりと後退りしてるとこに、いきなり…うっ腕を掴まれた!!
「いーーーーーーーーーー!!」
腕ー!!
ぎゃー!!
「あっはっは!!いー?ほんま、いちいちおもろいな」
おまけに、そのままベンチに引っ張って座らされた…!!
…し…心臓が…
「その制服って、日野原?」
「は……は…い」
喉がカラカラ…
あたしは気絶しそうになりながらも、膝の上に握り締めた両手を置いたまま、自分のつま先を見つめた。
…このシチュエーション…何?
あた…あたし、今から…どうなるの…?
「なあ、何で下ばっか見てるん?」
お互い、しばらく黙った後に、いきなりそう言われた。
何でと言われても…あたしにはこれが当然なんですけど。
そう答えたくても、そんな勇気もない。
あたしに頼子の100分の1でも勇ましさがあれば!!
「なあ…」
このままじゃダメだ。
変わるって決めたのは、あたしだもの。
「あのっ、あのですね!!」
「は…はい…」
あたしが意を決して背筋を伸ばすと、その人も同じようにした。
「あああの、あの、あたし…ずっと女子校育ちで、男の人が苦手で、生まれて初めて共学の学校に入学して、その…おお…男の人と話す事に慣れてなくて、なので、全然上手く話せませんし、その…あの…なんて言うか……」
ああっ、止まってしまった!!
あたしにしては上出来なほど、言葉が出ていたのに!!
「……なるほど、納得」
「……は…い?」
「昨日、あの後すっ飛んでったやん?ステージから探したけど見えへんかった」
「…ステージ?」
「俺、三番目のバンドでギター弾いててん」
「はっ…そそそれは失礼しました…!!」
「ええよ。真相分かったし。けど、それならそれで、ちゃんと目ぇ見てしゃべる練習せな」
説得力のある言葉だった。
それまで視界の隅っこにしか入れてなかったその人をゆっくりと…左目、そして両目で直視する。
昨日赤茶色に見えてた髪の毛は、明るい茶色で白いシャツに優しくふりかかる。
…昨日よく見えなかった目は、優しかった。
そして…その目に、吸い込まれるような気持ちになった。
「名前、なんていうの?」
並木のベンチに、男の人と並んで座ってる…
それだけでも大事件なのに…
その相手が、夕べ『もう一度会いたい』って思った人。
…これが、『舞い上がる』って事なのかな…
あたし、今まで味わった事のない緊張感で、おかしくなっちゃいそう…
「た…武城瑠音、です」
「へえ、どんな字?」
その人はそばにあった枝を手にして、あたしに渡した。
き…緊張して上手く書けない…
震えながらも地面に名前を書くと
「へー、おそろいや。俺も『音』ってついてるで」
その人は、あたしの手から枝を取って、『朝霧 真音』と書かれた。
「…あさぎり…ま…ま…」
ああっ!!読めない!!
あたしと同じ『音』がついてるけど、『まね』って絶対違うよね!?
「まのん。おふくろがマノン・レスコーのファンで」
「マ…マノン・レスコー?」
「魔性の女の名前」
…帰ったら調べてみよう。
…きれいな名前。
「あー、腹減ったなー」
ふいに、朝霧さんが両手を上に伸ばして、大きなあくびをされて。
つい…驚いてしまったあたしは…身体を斜めにして、ビクビクとそれを横目で見た。
「…なんか食い行く?」
両手を上にあげたまま、あたしを見る朝霧さん。
…なんか…食いに行く…って…む…無理無理!!
「えっ、あっ…あの、あたしは…お弁当を…」
「弁当持ってるん?ラッキ。一緒に食お」
「えっ!?」
一緒に…!?
あたあた…あたしのお弁当を!?
「そ…そ…あの、お口に、ああ合うかどうか…」
「自分で作ってるん?」
「はい…」
「見して見して」
「……」
朝霧さんのペース。
あたしは言われるがまま、カバンからお弁当を出した。
…恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ち。
「ガッコ、昼までやったん?」
朝霧さんは優しい方で、おはしを片方だけ受け取られた。
そしてもう片方があたし…
お豆腐のコロッケを、パクッ。
「いいえ?」
女の子のお弁当にしては大きい方なのが、ちょっと恥ずかしい。
そんな事を考えていたあたしは、つい正直に答えてしまっていた。
「て、事はサボリ?」
「はい………はっ…!!いえ、あの…っ……」
「サボり?」
「………はい…そうです…」
あ~!!
どうしてあたし、上手に嘘の一つもつけないんだろう!!
学校をサボる女の子って思われ…
「ははははは!!ま、ええやん!!」
あたしが自分にガッカリしてるのに、朝霧さんは大笑いしながら、あたしの背中をバンバンって…
い…痛いけど…これは…サボりも…ありって事なの…かな?
「あ…朝霧さんは…今日は?」
叩かれてヒリヒリする背中を伸ばしながら、思い切って問いかけると。
「あー自主休校」
「自主休校?」
「ズル休み」
「……」
「同じやろ?サボリやもんな」
…あたしは愕然とした。
なんて…
なんて素敵に笑われる人なんだろう!!
目を見るのが苦手だったはずなのに、あたしは朝霧さんに見とれている。
ずっとでも見ていたい。
言ったセリフは『サボりやもんな』でも…!!
「日野原なら、うちの学校から近いなあ」
「え?」
「俺、星高」
「星高…ですか」
失礼だけど、大学生ぐらいかと思ってた。
だって、大人っぽいもの。
「星高の…何年生ですか?」
「一年」
「えっ、同じ年?」
「嘘。三年」
「…ですよね…」
なぜか朝霧さんは、小さく笑い続けてる。
気付けばお弁当の中身は空っぽに。
「ごちそうさまでした」
「…おそまつさまでした…」
「美味かった」
「……」
嬉しい!!すごく嬉しい!!
「なあ」
「はい?」
「また、会うてくれる?」
「……」
それはまるで夢のようで。
これが恋の始まりとは気付かず。
あたしは返事すらできない。
朝霧さんはそんなあたしを見て。
「ええよな?変わるんやもんな?」
って、あたしの三つ編みを指ではじかれたのよ…。
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