12

「で、どうやった?」


 木曜日。

 ライヴの後、初めての…並木のベンチ。

 今日は、この後でスタジオに入るとかで、真音はギターを持って校門の外で待ってた。

 それを見た時…何だか、変な感じがした。


 あたしが知ってる真音は…

 並木のベンチで、あたしの対人恐怖症克服を手伝ってくれる…そんな感じの人。

 ちゃんと目を見て話せとか…ゆっくりでもいいから、言葉を出せとか…


 だから、ギターを持ってる真音は…なんて言うか…

 あたしと並木のベンチに座る真音じゃない。なんて…思ってしまう。

 適切な言い方かは、分からないけど…

 あっち側の人。

 …それが一番近いのかな…



 ステージでライトを浴びて多くの歓声を受けてた人と、あたしの知ってる真音は別人…

 …別人なわけないのに、何となくそう思ってしまう。

 …そう思いたい…の…かな…


 意味不明なあたしの気持ち…。



「…すごかった」


 思った通りの事を言うと。


「どう、すごかった?」


 真音は、さらなる感想を求めて来た。


「ど…どう…?」


 え…ええと…

 ハードロックには詳しくないし…

 どんな感想を言えば…伝わるのかしら…


 あたしが、んー…って考え込んでると。


「ふっ…そない考え込まんでも。見て思うたまんまの事、言うてくれたらええって」


 真音は、あたしとは反対側に立てかけたギターをポンポンってしながら、そう言った。


 …見て思ったままの事…


「…音が…大きくてビックリ…」


「…あー…そやな。るーには…大きかったやろな」


「…お客さんの…盛り上がり…すごいなあ…って」


「せやろ。ホンマ、俺らの客サイコーや」


「……」


「ま、ナッキーのステージングがええからな。客を乗せるパフォーマンスが出来る奴や」


 ステージング…

 パフォーマンス…

 あたしの日常会話に登場しない単語を、必死で頭の中に登録する。



「今までいろんな奴らと組んで演って来たけど…マジで今のメンバー最強やなって思うてる」



 ――真音はあたしと居る時、あまりバンドの話をしない。

 最初こそ、自己紹介みたいな感じで…ギターの事を熱く語ったけど。


 あまりにも、あたしがキョトンとしたせいか

「こんな話、つまらんよな。悪い悪い」

 って、あれ以来…授業の話とか…ご家族の話とか…

 とにかく、音楽の話は、少し遠ざかってた。


 …だけど。

 本当は、話したいのかも…って思う。

 だって、今。

 メンバー最強って言ってる真音は、本当に目が輝いてて。

 あたしは、その輝いてる真音を見ていたいって思った。



「…ボーカルの…ナッキーさん…だっけ。すごく…歌が上手で…」


「ホンマ!?そう思うた!?」


 突然、真音はすごく嬉しそうに大声を出して。

 あたしの左手を……両手で握った…!!


「えっ…えええ…う…ううううん……」


 手っ!!

 手ーーーーっ!!


 あたしが気絶寸前になってると。


「あっ、悪い悪い」


 慌てて手を離して…


「どさくさに紛れてもダメか…」


 小さくつぶやいた。


「……えぇ…?」


「いや、なんでもない。るー、初めて会うた頃を思うたら、変わったなあ」


「そっ…」


 変わった…?

 あたし、変わったかな…?


 あたしが目を真ん丸にしていたせいか、真音は『ぷっ』と小さく吹き出して


「いや、ホンマ。目ぇ見て話すんもアウトやったのに、今はちゃんと目見て話せるし、ライヴにも来てくれた」


「……」


 うん…あたし、今は…

 恥ずかしいなって思いながらも、目を見て話せてる…と思う。


 それに…今までは、自分の中で考え事をする時も、すごく硬かった気がする。

 それが今では、柔らかくなれたんじゃないかな…


 真音が気付いてくれた事が嬉しくて、つい口元を緩めてると。

 真音が立ち上がって大きく伸びをして。


「あー。はよギター弾きたい」


 空に向かってそう言った。


「……」


 あたしがそれを無言で見てると。


「…あっ、ちゃう。別に、はよスタジオ行きたい言うてるんちゃうからな?」


 あたしを振り返って、小さく首を振った。

 その仕草が…何だか…男の人に対して思うのは失礼かもしれないけど…可愛いって思えて、つい…笑ってしまった。


「何?なんで今、俺の顔見てわろた?」


「え…っ…」


「わろたやん」


「あっ…ああああ…それは…別に…」


 言えないー!!

 可愛いって思った…なんて!!

 

 何か言い訳が出来ないかしら…と、困った顔のままで考え込んでると。


「あー…そう言えば…」


 真音の声が振って来て、あたしは顔を上げる。

 すると、立ったままの真音は、あたしを見下ろして。


「写真…撮らなな」


 って…

 すごく、すごーく…


 優しい笑顔を…見せてくれたのよ…。

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