13

「ちょっと、あんた」


 学校の帰り道。

 公園の入り口で、いきなり女の人達に囲まれた。


 この制服…星高…



「最近マノンの周りをチョロチョロしてるのって、あんたでしょ」


「…え?」


 思いがけない事を言われたあたしは、驚いた顔のまま…女の人達を見渡した。



「はっ、何言ってんの?向こうが勝手にこっちに来てんのよ」


 頼子があたしの前に立って、首をすくめて笑いながら言うと、それにカチンときたのか…


「いい気になってんじゃないわよ!!」


 星高の人達は、頼子を睨んで叫んだ。


「ふん、ばっかみたい」


 頼子は冷静に、星高の人達を見渡して


「だいたい朝霧さんがこの子気に入ってんのに、なんであんた達が文句言うわけ?」


 鼻で笑う。

 だけど…


「気に入ってる?マノンが?」


 星高の人達は、顔を見合わせてクスクス笑い始めた。


「…何なのよ」


「マノンにはね、『マリさん』って決まった人がいるのよ」


「……」


 あたしは…

 その言葉が耳に入った時、すぐには意味が分からなかった。

 決まった人…

 決まった人って…

 つまり…


 …恋人…?



「何よ…それ」


 頼子は怒りを抑えたような…低い声。

 それを聞いて、ああ…あの時みたいだ。なんて思った。

 あたしを見て鼻で笑った…頼子の彼氏だった人。

 頼子は彼氏の態度が気に入らなくて、あたしの目の前でこっ酷く振った。


 ――だけど。


 思えば、鼻で笑われたって仕方なかった。

 完璧な頼子の親友が、こんなあたしじゃ…彼氏だって信じられなかったはず。

 あたし、何甘えてばかりいるんだろう。


 今のこれだって…

 星高の皆さんが怒ってるのは、あたしが真音とは不釣り合いだから。



「マリさんはあたし達の憧れでもあるの。そんなブスとじゃ比べものにもならないわ」


「は?ブス?誰の事言ってんの?」


「あら、あなたも目が悪いの?」


「あたしから言わせたら、あんた達みんなブスだけどね。人の恋路の邪魔するなんて」


「なっ……とにかく、マノンにはマリさんがいるの。勘違いもいい加減にしてよね」



 頼子と、声を掛けて来た人との言い合いが始まってしまった。


「頼子、やめて」


 あたしは頼子の腕を掴んだけど、それは全然…止めるには力が足りなくて…



「謝んなさいよ!!」


 頼子が突然飛び掛って、相手の髪の毛を引っ張った。


「きゃー!!」


「やめて!!頼子!!」


 あたしのせいで…あたしのせいで…

 騒動なんておこさないで…!!



「おまえら何してんねや!!」


 ふいに、聞きなれた関西弁。

 振り向くと、制服姿でギターをかついだ真音が走って来た。



「マノン!!そいつがあたしに飛び掛ったのよ!!」


 頼子に髪の毛を引っ張られた人が、真音の腕にすがって叫ぶ。


「…何があったんや…」


「その女が、るーの事をブスって言ったわ」


「だ…だって本当の事じゃない」


「おまえら、ええ加減にせぇよ」


「マノンこそ!!マリさんがいるのに、どうしてこんな子構うのよ!!」



 あたしは真音を見ていた。

 初めて怒ったような顔を見たなあ…って、のんきに思ってたのだけど。

 マリさんという名前が出たとたん、真音は黙ってしまって、それがあたしを悲しくさせた。


 …そっか。

 恋人…いたんだ。

 …うん。

 いるよね。

 いたって不思議じゃないもの。


 …どうして、あたし…気付かなかったのかな。

 あたしなんかが憧れるほど、素敵な笑顔の持ち主だもの。

 …誰だって…



「…頼子、帰ろう」


「え?」


 星高の人達と真音にペコンとお辞儀をして、あたしは頼子の腕を引く。

 頼子は納得いかないみたいだったけど、あたしが強引に腕を引くと、渋々と隣に並んで歩き始めた。



「…るー、何で言ってやんなかったの?マリさんて誰よ!!ってさ」


「…いいよ、もう…」


「どうしてよ。あんな事言われて黙っ……」


 涙が溢れてしまった。


「るー…」


「…恋だったのかな…頼子の言う通り…」


「……」


 口に出すと、それは真実になった気がして。

 ああ…恋だったんだ。って…心の中でつぶやいた。

 それが、嬉しい物なら良かったのに。

 こうなって気付くなんて…あたし…どこまでバカなんだろう。


 もっと早く、これが恋だと気付いて…

 並木のベンチで、隣に座ってる真音に、少しでも近付ける女の子になりたいって…欲張れば良かった…



「辛いよ…頼子。どうしたらいいの?」


「……バカだね」


 頼子はそっとあたしを抱きしめると、優しい声で言ってくれた。


「時間が経てば、少しずつ忘れられるよ」

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