14

「ここにasを入れて………るー?」


「……」


「るー」


「えっ…あ、何?」


 頼子の問いかけで我にかえると、頼子は腕組みをして溜息をついた。



 小雨の止まない午後。

 梅雨だから仕方ないけど、雨の日は気分か滅入る。

 一人でやっても進まないからって誘われて…あたしは頼子の家で英語の宿題をしている。



「あれから二週間よ?何も連絡ないんでしょう?」


「……ん」



 あれから二週間。

 …そう。

 あの、『マノンにはマリさんって決まった人がいる』と知らされた…あの日から、二週間。



 最初の木曜日は…少し緊張した。

 校門を出たら、真音がいるんじゃ…って。

 でも、もし…いたら…あたし、どんな顔すれば…?って。


 だけどそんな心配は無用だった。

 次の木曜も…真音はいなかったし…あたしは表通りを歩かなくなったから…

 音楽屋に近付く事もない。


 …ショックは…もちろんあった。

 恋って気付いていなかったクセに…

 時間が経てば経つほど、色んな事を思い出した。

 そして…思い出すたびに…気持ちが膨らんだ。


 マリさんって存在がいるって聞かされたのに…

 あたし…それでも、真音の事…好き…。

 そう、自覚した。



「そんな男の事なんて、早く吹っ切んなさいよ」


「……」


「何よ」


「あたし…おかしいのかな」


「何が」


「あんな事があっても、朝霧さんが好き…」


「……」



 好き…って、初めて口にした。

 何だか照れくさい感じ。

 だけど、あたしの中に初めて生まれた気持ち。


 あたしの言葉に絶句した頼子は、手にしてたシャーペンを置くと。


「るー…さあ…」


「ん?」


「もし、あたしがいなくなったら、どうする?」


 とんでもない事を口にした。


「………え?」


 一瞬にして、頭の中が真っ白になった。

 頼子が…いなくなったら…?



「何…何それ…」


「もし、よ。こんな時、一人だったらどうするのかなって思って」


「……」


 考えた事もなかった。

 頼子がいなくなったら?

 居て当然なのに…?



「ちょっ…ちょっと、何泣いてんのよ」


 頼子があたしの涙を見てギョッとする。


「だっだって…もしかして、頼子…迷惑…?」


「何が迷惑よ。ほら、ティッシュ」


「……」


 頼子に手渡されたティッシュで涙を拭く。

 だけど…一度考えてしまった事は、そう簡単に頭から離れない。

 …頼子がいなくなったら…

 もう、そう考えるだけで…涙が止まらない…



「ごめん…ちょっと言ってみただけ」


「頼子がいなくなったらなんて…考えられない…」


「……」



 頼子は無言であたしの頭を撫でると


「…ごめん。ちょっと嫉妬してたの。最近、あんた朝霧さんの事ばっかだったから」


 ってつぶやいた。


 その言葉に、何だか急に自分が都合のいい子のように思えて嫌になった。

 そう言えばあたし…自分の事ばかりで…

 頼子、生徒会の事で忙しくしてて、きっと負担もたくさんあるのに…

 頼子の愚痴を聞く事すらしなかった。


 …親友失格…



「ごめん頼子…」


「あたしこそ。さ、もういいから勉強しよ」



 そうだ。

 あたし…もう相手のいる真音の事、考えてる場合じゃない。

 ずっとあたしの事、親身になってくれてた頼子に…ちゃんと、親友らしい事してあげたい。


 今のあたしに出来るのは…

 …やっぱり…

 真音の事、忘れて…元気になる事…よね…?



「あたし…あたし、忘れるから…」


「え?」


「朝霧さんの事、忘れるから…あたしの事、見放さないで…」


「ばーか。誰が見放すなんて言ったのよ」



 頼子は優しい目をしてくれたけど、あたしはとても寂しい気持ちになってしまった。

 頼子と一緒にいるだけで幸せ。

 真音との事は、ちょっとした冒険だった。

 あたしには荷の重い…冒険だった。


 きっと、時間が経てば…

 時間さえ経てば…


 忘れられる…よね…?

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