15

「きゃ!!」


「あっ、ごめんなさい。こら、ハル」


 当然だけど…一人きりの木曜日の午後。

 並木のベンチでボンヤリしてると、ふいに足元に…子犬。

 男の人が走ってやって来て


「めっ」


 なんて言ってる。



 あたしが固まったようにうつむくと


「暑いね」


 って、その人は…隣に座られた。


「あ…あああ、そう…ですね…」


「こら、ハル。こっちおいで」


 相変わらず子犬はあたしの足元。



「…ハルっていうんですか…」


 あたしにしては上出来。

 初対面の男の人に、どもらずに話しかけられた。


「うん。秋田犬で6月生まれだけど、ハル」


「……」


 一瞬、黙ってしまった。


「あれっ…おもしろくなかったかな…」


 秋田犬で6月生まれだけど…ハル…


「ごめん。今の忘れて」


 照れくさそうにそう言われても、あたしには意味が分からなくて


「はあ…」


 小さく答えるだけだった。



「あのさ…」


「はい」


「武城さん…だよね?」


 名前を言われて、あたしは顔を上げる。

 初めて直視したその人は…面影が誰かにー…


「僕は高原 陽世里たかはら ひより。星高の三年生」


「…星高?」


「うん」


「……」


 つい…真音の事を聞いてしまいそうになる。

 初めて会う人にそうさせてしまいそうになるなんて…真音の存在ってすごいな…って、改めてそう思ってしまった。



「知り合いが、いるんでしょ」


「え…」


 あたしの足元で、ハルがあくびをする。


「マノンと僕の兄は一緒にバンドしてるんだ」


「兄?」


「ボーカルの」


 あ。

 オレンジ色の髪の毛の、すごく声の高い…高原 夏希たかはら なつきさん。


「だから…誰かに似てらっしゃると思いました…」


「似てる?」


「…何となく」


「そうなんだよね。母親は違うんだけど、よく似てるって言われるんだよね」


「……」


 言っちゃいけなかったのかな…

 高原さん、少しだけ表情が曇った気がする。


「あ、ごめん。嫌な言い方したかな」


「いえ…」


「でも、僕は兄を大好きなんだ」


「……」


「兄の母はイギリス人で、とても美しい人だった」


 高原さんは、空を仰いで話し始めた。


「あの人が亡くなって、兄はうちに来たんだけど…高校を出たらすぐに家を出てしまって、今はああしてマノンとバンド組んで…」


「お兄さんて、今…真…朝霧さんと暮らしてらっしゃるって…」


「そ。マノンが一緒にいてくれるから僕も安心してる。あいつ、いい奴だし」


「……」


「マノンと仲直りしないの?」


 高原さんの言葉に、あたしは口をあけてしまった。


「な…仲直りって…」


「何かあったんだろ?」


「どうして高原さんが?」


 高原さんは、あたしをじっと見て


「君の事は、何でも知ってるよ」


 って言われた。


「…え?」


「ニンジンが嫌いな事も、小さい頃はバイオリンを弾いてた事も」


「ど…どうして…?」


「…僕の事、全然知らない?」


 あたしは、高原さんを見つめる。


「…お会いした事…ないですよね?」


「うん。会った事はない」


「……」


 会った事がないのに、知ってるわけない…


「…本当に話してないんだな…あいつ…」


「え?」


 高原さんが立ち上がって。

 帰るの?

 あたしは瞬時にそう思った。

 初対面の男の人にそう感じた事への驚きより、誰があたしの事を高原さんに?という疑問の方が勝った。


「こら、ハル。寝るなよ」


「…あいつって?」


「また、会いに来るよ」


 あたしが見上げて問いかけても、高原さんはハルを抱えて手を振った。


 誰…?

 誰があたしの事…


 高原さんの背中を見送って、あたしは胸の中に不安が広がっていくのを感じた。

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