18
…のこのことやって来てしまった。
ナッキーさんに渡された紙に書いてある住所。
薄暗い廊下が、ちょっと怖い。
部屋の前まで来て、躊躇する事30分。
物音一つ聞こえない。
まだ帰ってないとか…
心臓に悪い。
さっさと会って、自分の気持ちを話して帰ろう。
…自分の気持ち?
…………
どう話すの…?
勢いだけで来てしまったのが、よく分かる。
…バカなあたし。
ピンポーン。
それでもチャイムを押してしまったのは、顔を見て、まだ写真を欲しいって思うかどうか…
なんて、くだらない理由かもしれないけど。
「はい。あら…誰」
口から心臓が出るほど驚いた。
ドアが開いた。
中から出て来たのは真音じゃなくて、女の人だった。
…恐らく、マリさん。
それも、シャツ一枚という…すごく…その…目のやり場に困るような…
「あ…あの…」
「何?ナッキーはいないわよ」
「いえ…」
「マノン?」
「……」
なんてきれいな人なんだろう。
女のあたしでも見とれてしまうほど。
どうして真音は、この人じゃなくて…
「なんやマリ、呼ん……るー?」
「…こんにちは」
ふいに、マリさんの後ろにやって来た真音。
上半身裸。
当然、あたしはよからぬ想像を始めた。
世間知らずなあたしでも、さすがに察してしまえる空気が漂った。
「ど…どないした?なんでここに?」
「…なん…何でだろう…ね。」
「……」
変な空気。
胃が痛い。
「…失礼しました」
深くお辞儀をして、あたしは駆け出す。
「おい!!るー!!ちょい待てや!!」
背中に真音の声が聞こえたけど、あたしは止まらなかった。
どういう事?
ナッキーさん、こうなるって分かってたの?
自分の彼女を真音にとられそうになったから、嫌がらせ?
そう思いたくないのに、どんどん悪い方へと考えが進む。
あたしは、遊ばれてたのよ。
きっと。
世界が違う。
違いすぎる。
もう、関わるのはやめよう。
* * *
「待て言うてるやないか」
駅の手前で、腕を掴まれた。
だけど振り向けない。
あたしの顔は、きっと涙でぐちゃぐちゃ。
「るー」
「……」
「うちには、なんで?」
「さ…さよならって言っておいて…あたし…」
「それは…ええから」
「……」
「こっち向いてん。俺、服着てるで?」
そんな事気にして振り向けないんじゃない…!!
と思っても、口に出来るはずもなく…
「…なんか、想像したやろ」
しないわけないでしょ。
「でも、なんもないで?」
信じられるわけ、ないじゃない。
「なんかあったら、こうして追いかけてこんわ」
「……」
「俺にも罪悪感はあるで?でも潔白やから追ってきた」
カバンを持ってる右手を無理矢理顔に近付けて、涙を拭く。
恐る恐る振り向いて真音を見ると…
「家まで送る」
…優しい顔。
それだけで、もういいと思ってしまった。
何に対しての『もういい』なのか分からないのだけど。
あたしの事、好きと言ってくれたけど…きっと気の迷い。
マリさんを見て思った。
いつも美味しい物を食べてたら、お茶漬けが食べたくなる。
そんな心境なのかも。
「なあ」
「…はい」
肩を並べて歩く。
真音は、あたしに合わせてくれてるのか…随分ゆっくりなペース。
「今から言う事、俺、マジやから。ちゃんと聞いて」
「……」
黙って真音を見上げる。
目が合うと…真音は本当に真剣な顔だった。
「最初は、るーの事、興味本位やった。今までにないタイプやし」
ハンマーで叩かれた気分。
物珍しかった…って事よね…
「でも、興味や好奇心が恋につながるのなんて、普通やん?」
「………」
そう…言われると、そう…よね。
あたしだって…
「るーはこういうのが好きなんやろうか、とか、これを見たら、どない驚くんやろう、とか…気付いたらそんなんばっかやった」
「真音…」
「…やっと呼んでくれた」
真音が立ち止まる。
それにつられて、あたしも。
「髪型、似合うわ。一瞬誰や思うた」
髪の毛に触れる…真音の手…
………どうしよう。
ドキドキしすぎて…気持ち悪くなってきた。
「でも、三つ編みも好きやな」
これここここれは…
一般的に言う『いい雰囲気』なのかしら。
でも…でも!!
「ご…ごめんなさい…」
真音とは反対側にある、ジュースの自動販売機に寄りかかる。
「るー?」
「き…緊張して、気分が…」
あたしが小声でそう言うと
「あははははははは!!」
真音は声を上げて笑って
「るー、好きや」
あたしを………抱きしめた!!
「△×%$~!!!!!!!!」
悲鳴も出ない。
真音は、きっと変な顔をしているあたしを覗き込んで。
「あれ?もしかして、イヤやった?」
ああ、今の顔、欲しい。
そう思わせるような笑顔をした。
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