19

「こんにちは」


 水曜日。

 明日には会えるのに…何となく真音の顔が見たくて、用もないのに表通りに足が向きそうになる。

 でも、バイト先まで行くのも…って、公園を散歩してると…声を掛けられた。



「…あ」


「一人?」


「は…はい…」



 目の前には、なぜか…あたしの事は何でも知ってる。と言った高原さん…。

 ナッキーさんの、弟さん。

 足元には、少し大きくなったハル。



「マノンと付き合う事になったんだって?」


「え…えっ…ええっ!?」


 つ…付き合う事になった…!?

 あ…あたあたしと…真音が!?


 目を見開いて驚いてると。


「…違うの?」


 高原さんも、目を丸くした。


 す…好き…って…言われた…。

 …でも、付き合う…って話には…



「体育の時にめちゃくちゃ浮かれててさ。彼女でも出来たのかって聞いたら、『あれ?分かる?』って」


「……」


「もう、あの浮かれ具合…誰にも止められないって感じだったよ?」



 や…やだ…

 あたし、今…すごく…すごく赤くなってる気がする…!!


 真音が…体育の授業中に浮かれてて、彼女が出来た…って…?

 あたしには…まだ…その…『浮かれた真音』っていうのが…想像出来なくて。

 だけど、クラスメイトの高原さんがそう言われるんだから…



 両手で頬を押さえても、赤が全部隠しきれてないと思うと…しゃがみ込んで顔を覆いたい気分になった。

 …恥ずかしい…!!

 嬉しいけど…嬉しいけど…!!



「って事は…マノンは付き合ってるって思ってるけど、君はそうじゃない…と」


「はっ…あっ…えと……あの…質問…していいですか…?」


 あたしが鬼気迫る様子になったのか、高原さんは少し目を細めて


「…どうぞ?」


 まずは…ベンチを指差された。



「…あの…あたし…」


「うん」


「す…」


「…す?」


「す…す…すす好き…って…」


「ああ…マノンが告白したらしいね」


「!!!!!!!!」


 そっそれもご存知なんですか!?

 声に出さなくても表情に出てたらしく、高原さんは小さく笑って


「ぷっ…あ、ごめんごめん。えっと…マノン、告白初めてしたって言ってたよ?」


「(えっ)……… 」


「…ぷはっ…!!…あ、ごめん……くくっ……大丈夫…?」



 は…初めて…?

 真音、告白したの…初めて…って…


 もう、なんて表現したらいいんだろう…

 足元からジンジンして来る感覚…

 嬉しくて…泣いちゃいそう…



「で、君もマノンの事好きなんだろ?」


「………」


 言葉が出なくて…コクコクと頷く。


「…何だかいいね」


「…え?」


「君とマノン、お似合いだなって思うよ」


「お…おおおおお似合い…?え…ええええぇぇ…?」


「ふふ…ほんと、君…面白いね」


 あたしはいたって真面目なのだけど、周りからはなぜか面白いと言われてしまう。

 …あまり誉め言葉として受け取れない気がするんだけど…



「あの…」


「ん?」


「…好き…って…言ったら、必然的に…その…」


「恋人同士になるんじゃないの?」


「…そ…うなんですね…」


 …だとしたら…

 あたしと真音…

 こ…こい…



「…大丈夫?」


 高原さんが、苦笑いしながらあたしの顔を覗き込む。

 あたしは相当…心配な状態になっているらしい…

 …うん…なってる…

 だって…ドキドキが止まらないもの…



「…て事は、君、恋人が出来たって…誰にも言ってないんだ?」


「いっ…いいいい言ってないって言うか…」


「あはは。気付いてなかったんだもんね。告白された事は?」


「そ…それも…」


「どうして?告白された!!って自慢できるんじゃ?」


「…彼の…気の迷いとか…って…」


「……」


 高原さんは少しキョトンとした後、あたしに背中を向けて小さく肩を揺らされた。

 …そんなに笑えますか…そうですか…



「じゃ、僕らも秘密にしておこうな」


 高原さんは足元でおとなしくしてるハルにそう言って、話しかけられたハルが丸い目で高原さんを見上げる。



「…誰に…?」


 ふと、誰に秘密なんだろう?と気になって問いかけると


「ん?ああ…兄に。ま、マノンがもう言ってるかもしれないけど」


 ああああ…ナッキーさん…

 あの人にも背中を押してもらった。

 …感謝しなくちゃ…



「…六月生まれの…秋田犬に『ハル』って名付けたのは…どうしてですか?」


 ドキドキし過ぎて心臓に悪い…と思って、あたしは話題を変えた。

 高原さんは、ん?って顔をしたけど


「父親の名前なんだ」


 そう言って…ニコッ…


「…え?」


 聞き間違い…かな?


「仕事人間でワンマンで、外に女たくさん作って…ほんと…」


「……」


「僕から言わせると、こっちのハルの方が飼い主に忠実でえらいよ」



 聞いちゃいけない事を…聞いた気がした。

 高原さんは、優しい笑顔の人だけど…

 前回お会いした時も…お父様の事、あまりいいようにおっしゃらなかった。



「ごめん。やな話したね」


「…いえ…」


「でも、そのおかげで兄と家族になれた」


「……」


「頭も良くて、面倒見も良くて…完璧な兄なんだ」


 そう言った高原さんの目は、少し遠くを見ているようで。

 あたしは…それを無言で気付かないふりをした…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る