21

「うわあ…頼子、すごくきれい…」


「そ?」


 八月。

 今日は頼子と高原さんの結婚式。

 場所は、小さな頃から知ってる近くの教会。


 本当はホテルで盛大に…って話だったみたいだけど…

 二人とも、中退してまでの結婚だから…って。

 そして、余計な子会社のお偉いさんとか呼ばずに、本当に親しい人達だけで温かい式にしたいから…って。

 二人が譲らなかったらしい。



「やっぱり頼子…何着ても似合っちゃうね…」


 控え室で、あたしはドレス姿の頼子に見惚れている。

 サテン生地の豪華さと、オーガンジーのあたたか味がマッチしたマーメイドタイプのドレスは、ご両親が頼子のためにデザインしたもの。

 背が高くてスタイルのいい頼子。

 ご両親もデザインし甲斐あっただろうなあ。



「同じ年になんて見えないなあ~」


 頼子の隣に立って、鏡に映る自分を見る。

 今日のために、あたしにまでドレスが用意された。

 頼子のデザイン。


「そう?あたしのデザイン、すごいでしょ。よく似合ってる」


「ありがとう」



 ワインレッドなんて、初めて着る色。

 ついでに、膝上20cmも初めて。

 痩せっぽちで地味なあたしのために、存在感たっぷりなドレス。

 胸元には立体的なバラがあしらってあって、裾に向かって花びらが散るようにフリルが重なっていくゴージャスなデザイン。


「ドレスに着られてる感じしないかな…」


 全身を見て言うと


「何言ってんのよ。あんたを一番知ってるあたしが作ったのよ?」


 頼子は満面の笑み。


「…そうだね」


 今日は自信を持とう。

 髪の毛も、アップしてバラの花を差し込んだ。

 今日のあたしは、きっと…きれい。

 頼子があたしに魔法をかけてくれたんだもの…。



「ねえ、頼子」


「ん?」


「離れても…友達だよね?」


 泣いちゃダメ。

 今日は、ずっと笑顔でいようって決めたじゃない。



「…当たり前でしょ。今までと変わるのは距離だけで、他は何も変わらないわ」


 あたしの泣きそうな顔に気付いた頼子は、ティッシュをあたしの目元に押し当てた。


「今日は笑っててね」


「ん…うん」


「それにしても、きっと朝霧さん、今日のるー見たらますます惚れちゃうよ~」


 頼子はそう言って、あたしの頬を人差し指でついた。


「は…恥ずかしいな…こんなに…足出して…」


「よく似合ってるわよ。さ、るーはもう会場に行って?」


「う…うん…じゃあ…後でね」


 控室を出て、式場に向かう。


 …今日のあたしは綺麗…今日のあたしは綺麗…

 何度も言い聞かせながら、会場のドアをゆっくり開けて入ると…


「……」


「あ…」


 すぐそこに…真音がいた。

 あたしを見て…目を丸くしてる。


「あ…お…おかしい…かな…」


 小声でそう言ってみたものの…


「……」


 真音は…無言。

 …やっぱり、あたしには派手だったのかな…

 なんて、少しうつむいてしまうと…


「うっわ。誰かと思った」


 真音の隣にいたナッキーさんが、あたしの事を上から下まで眺めて言われた。


「…ごめん、はじめてちゃん。すごく可愛い。君は原石だったんだね」


「ナッキー、はじめてちゃんて…」


 真音が眉間にしわを寄せると


「ああ、ああああ、ごめんごめん。るーちゃんだっけ。可愛い。連れて帰りたいっ」


 そう言って、ナッキーさんはあたしを…抱きしめた!!


「きゃあっ!!」


「ナッキー!!何してんねん!!」


 真音がナッキーさんの頭を殴る。


「いてっ」


「おまえが悪いっ」


 今日は真音も招待されていた。

 ナッキーさんの弟さんの結婚式という事で、結婚式の後のパーティーではバンド演奏があるそうだ。

 いつもはハードロックなんだけど、今日ばかりはバラードらしい。


 初めて見るスーツ姿。

 それだけでもドキドキしちゃう…



「るーちゃん、マノンが嫌になったらいつでも俺んとこにおいでね」


「ナッキー」


「ああ、はいはい。邪魔者はあっちに行きますよ」


「……」


「……」


 何も言ってくれない真音に、少しだけ不安になる。

 こんな格好は好きじゃないのかな…なんて。



「…めっちゃ可愛い」


「えっ?」


「ビックリして言葉も出んかった。まさかナッキーが抱きつくとは…」


「……」


「俺も、抱きしめてええ?」


「え…ええっ…?」


「ちょっとだけ」


「……」


 おとなしく、抱きしめられた。

 心臓はおとなしくなかったけど…


「ホンマ…めっちゃ可愛い…」


 耳元で繰り返される声に…くらくらしてしまう…

 そして…離れ際に、額に…真音の唇。


「……」


「……」


 …倒れそうになってしまった。



 * * *



 結婚式は晴れやかで、感動的だった。

 とても若い二人なのに、それを感じさせないのはなぜなんだろう。

 そこに何があるからなんだろう。


 結婚式の後、レストランを貸しきってパーティーが行われた。

 そこには、宇野君も瀬崎君も出席。

 もちろん二人とも…あたしの変貌ぶりに驚いて、さらには…


「Deep Redが来てる!!」


 と、大興奮だった。


 Deep Redは何度かライヴで見たし…真音にカセットテープももらったのだけど、今日はこの日のために用意した曲を演奏するそうで、宇野君と瀬崎君は泣くんじゃないかと思うほど感激していた。


 真音と付き合うようになって、あたしも少しだけロックや楽器に興味を持つようになった。

 白いレスポール、一度持たせてもらったけど、とても重かった。

 あんなに重たいギターを抱えて、真音はステージで頭振ったりジャンプしたりするんだよね…

 男の人ってすごいな。



『陽世里、頼子ちゃん、結婚おめでとう』


 ナッキーさんがマイクを持って、シャンパングラスを高く掲げられた。


『俺は早く『おじちゃん』って呼ばれてやってもいいから、早婚ついでに子供も早いとこよろしく!!』


 その言葉に、会場は冷やかしの声。

 高原さんは首をすくめて、頼子はガッツポーズをしてみせた。



『今日は、二人のために作った新曲を。二人にしか訪れない人生を、二人で分かち合って欲しいと願う曲です。聴いて下さい』


 それはとても優しい歌だった。

 ナッキーさんは、不思議な人だな…と思った。

 真音も『ナッキーはつかみ所のない奴』ってよく言うのだけど…

 本当に、よく分からない人。

 いつも笑ってて、ふざけてて、それなのに、こんなに人の気持ちを掴む歌を作る。


 頼子は幸せそうだった。

 その隣で、高原さんが号泣。

 頼子が笑いながらハンカチを手渡す。

 その二人の仕草が、とても自然で…

 この年で結婚っていうのが、早いとか…関係ないなって思った。



 バンド演奏が終わって、閑談の時間。

 あたしは宇野君と瀬崎君とで、フルーツの盛り合わせを食べていた。

 そこへ…


「るーちゃん」


 ナッキーさん、登場。


「えっ…」


 宇野君と瀬崎君が固まって、あたしとナッキーさんを交互に見てる。


「マノンが妬いてるぞ?」


「え…えっ?」


 ナッキーさんに言われて、姿を探すと。

 大きな柱の横でワイングラスを持ってる真音と目が合った。


「行ってやんなよ」


「あー…」


 宇野君達をチラッ。


「…るー、も…もしかして…マノンと付き合ってんの?」


 だよね…気付くよね…


「う…うん…言えなくてごめん…」


 首をすくめて二人に謝ると…


「すげぇ!!俺ら、有名人の彼女と友達!!」


 宇野君と瀬崎君は、ハイタッチをした。


「えっ…あ…あはは…」


「ほら、早く行ってこいよ。こんな可愛い格好した日に別行動なんて、もったいないじゃん。あ、ついでに…」


「え?」


「今度…サインもらってきて」


「あはは…うん」


 二人に手を振って、あたしは真音のいる場所へ。



「…未成年なのに」


 ワイングラスに手をかけて言うと。


「グレープジュースやもん」


 真音は、すねた口調。


「…バレちゃった」


「何が」


「…付き合ってる事」


「別に隠さんでも」


「…いいの?」


「ああ。何で隠す必要が?」


「だって…真音…有名人だから…」


「アホな。芸能人でもあるまいし」


「……」


 あたしはー…以前公園で呼び止められた時の事を思い出していた。

 ファンの人は、納得できないと思う。

 自分が憧れる存在に、恋人はいちゃいけない。

 そんな気がしてならなかった。



「それにしても…可愛い」


 真音の小声に、さっき…頬にかすめた唇を思い出して赤くなる。


「よ…頼子が…デザインしてくれたの…」


 両手でグラスを持ってつぶやくと。

 真音は優しい目であたしをじっと見て…


「…せやから、ピッタリやねんな…」


「…ピッタリ?」


「…けど、みんなに目ぇ付けられそうでイヤやな…」


「……」


「…も少し…くっついて、ええ?」


「……」


 すごく…

 すごく、恥ずかしかったけど…


「…うん…」


 距離を…詰めた。



 …頼子。

 ありがと。

 あたし…今日…


 …可愛い…みたい。

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