22

 夏休みも、残りわずか。


 今日は、真音から『結婚式の写真できてるで』って言われて、真音のバイト先である音楽屋に。

 でも、バイト中に堂々と出向くのも悪いかな…と思って、こっそり、お客さんのフリをして店内へ。


 わざとらしいと思いながらも、分かりもしないのに小物を物色。

 色々眺めながら、店内をチラチラと眺める。

 真音は、いつもは一階の奥の方にいるはず…


 このお店は、なぜかいつも賑わっている。

 それは、あたしみたいなロックとは無縁のような子から、スキンヘッドで怖そうな顔の人まで。

 バイオリンをリタイアしたあたしが言うのもおかしいけど…

 音楽って、素晴らしい。



 ギター売り場をゆっくりと歩く。

 あ、これ…真音が使ってるギターと似てる。

 あたしも、分からないなりに色々勉強中。

 真音から音楽雑誌を借りて、『ピック』とか『エフェクター』とか…

 少しだけど、真音が使う物の名前を覚えたりもした。


 …真音と出会わなかったら…知り得なかった事。

 確実に、あたしの世界は広がってる。



「やっだ。マノン、この顔最高。あたしにちょうだい?」


 ふいに、棚の向こうからそんな声が聞こえてきて、無条件にあたしはその場を見る。

 そこには、派手な格好の女の人が…

 公園で星高の人達に言い寄られた事を思い出して…自然と隠れてしまった。

 …隠れながらも…二人の様子が気になって。

 棚の隙間から、覗き見してしまう形になった。



「いや、これは…人に渡すやつなんで」


「え~。焼き増しすればいいじゃない」


「いや、ホンマに。すんません」


 …何…?

 少し位置をずれて手元を見ると…

 …写真…?

 もしかして…結婚式の時の…?

 あたしもまだ見てないのに。

 ちょっとだけ、そんなヤキモチを妬いてしまった。


 それ以降も、写真の事で押し問答があったけど…真音はキッパリ断り続けて。

 それで少しあたしは安心したのだけど…


「ねえ、今度マノンのギターで歌いたいな」


 女の人は、違う話題で真音に言い寄った。


「ええギタリストで歌うてはるやないですか」


「あんなの、マノンに比べたら全然よ。ね、お願い。次のライヴ、ヘルプでいいから」


「あー…俺ら、ちょい忙しくなるんで無理ですわ」


「もうっ」


「すんません」


「じゃ、キスで許してあげる」


 …キスで許してあげる…?


 眉間にしわが寄って、胸がざわざわした。

 キスで…許してあげるって…どういう事?

 真音、何も悪い事してないのに…

 どうして、キスなんて…



「…それも、すんません」


「どうしたの?」


「彼女ができたんで」


「…今までも彼女いても平気だったじゃない」


 ズキン。

 胸に痛みが走った。

 何となく聞いてた事とは言え…ショック…



「今回は、今までとは違うんで」


「…気に入らない」


「そう言われても」


「マノン、あんた分かってないわね」


「分かってないですか?」


「分かってないわよ。そんな事、ファンにはバラさない事ね」


「何でまたそんな…」


「彼女が、痛い目に遭うのよ」


「……」


 その言葉に、真音は黙った。

 お客さんの多い店内でも、この場所は死角なのかもしれない。

 薄暗い、階段の下。

 真音は、その女の人の肩に手をかけると…素早くキスをした。



「そんな子供みたいなキス、納得できないわ」


「……」



 もう一度…


「ふふっ。ありがと。またね」


 そのキスに満足したのか…女の人は嬉しそうに手を振って帰って行った。



 あたしは…固まったまま動けないでいた。

 …今、あたしの目の前で…女の人とキスしてたのは…

 あたしの恋人で…


 …どうして…

 どうして、キッパリ断ってくれないの?

 キスなんて出来ない。って…

 どうして…



 すごく冷めた気持ちで立ちすくんだ。

 すると、溜息をつきながら、だるそうに前髪をかきあげた真音が…あたしを見付けた。



「…るー…」


「……」


「……」



 真音は…今の出来事を、あたしが見たかどうか…

 あたしの表情で分かったのだと思う。

 唇を噛みしめて、うつむいた真音。


 あたしは…

 静かに立ち去るしかなかった…。

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