05

「うわ~今日、多いね」


 頼子が慣れた様子で扉を開けた。

 そこには、あたしが今まで経験した事がない世界が。


 宇野君のお兄さんのお店『ダリア』は、夜になるとライヴハウスに。

 今日は最初からライヴ目当て。

 あたしは全身、頼子のプロデュース。

 いつもは三つ編みしてるくせっ毛も、高い位置でのポニーテール。



「それにしても、女の子って変わるもんだねえ」


 宇野君と瀬崎君の視線が痛い…ど…どうかもう見るの…やめて下さい…



 両親は、ライヴハウスに行く事を快く許してくれた。

 頼子が一緒だと、何でも許してくれる。

 それに…


「るーも色んな世界を知らなくちゃね」


 …そうね。

 あたしって、本当に何も知らない。


 今まで、あたしの世界は家の中と学校だけだった。

 友人関係も頼子以外の人とは築けなかった。

 男性恐怖症というより、人間恐怖症だったのかもしれない。

 人と上手くコミュニケーションを取れる気がしなかった。


 その上、あたしはあまりテレビも雑誌も見ない。

 ママの弾くピアノを聴いて、パパの話すツアーの出来事を聞いて、その中で夢を見ていただけ。

 あたしもいずれ、両親のような出会いをして結婚するのだ、と。


 でも、そんな夢…叶うわけがない。

 だってあたしはピアノも弾けない。

 趣味も特技も、何もないなんて!!



「ね…ねえ、頼子」


 薄暗い会場、あたしは頼子の服を引っ張る。


「あたし、ちょっと派手じゃないかな…こんな格好した事ないから、すごく抵抗あるんだけど…」


 真っ赤なTシャツは、だらしないほど袖が長くて。

 生まれて初めての膝上丈のデニムスカートは、色が濃い、と、頼子が軽石で擦っていたものだ。

 それだけでも大冒険なのに、口紅まで…

 自分の格好が気になって、ライヴどころじゃない…!!



「…似合う思うけど?」


「……」



 頼子だと思って引っ張っていた服は、違う人の服だった。

 頼子より背の高いその人は…まぎれもなく男性。

 だけど、髪の毛が肩甲骨ぐらいまであって、赤茶色。

 黒いシャツの胸元は、随分はだけてて……め…めまいが…



「ん?大丈夫?」


 固まったあたしの顔を、その人がのぞきこむ。


 ど…どど……どうしたのあたし。

 男の人に、見惚れてるなんて。

 恥ずかしいしパニック…なんだけど…

 目が…

 目が、離せない…!!



「気にせんでええんちゃう?赤、似合うてるし」


 ……関西弁?


「……」


「……」


「……」


「…あー…これは?」


 その人は、シャツを掴んだままのあたしの手を指して言った。


 はっ!!


「ああああああごごごごごめんなさい!!」


「あ、ちょ…」


 けたたましくその人から離れる。

 それと同時に会場の照明が落ちて、爆音が鳴り響く。

 あたしは一目散に会場を出ると、頼子や宇野君達を残して『ダリア』を駆け出した。


 や…やだ!!

 あたし、なんて事しちゃったのー!?

 知らない男の人に見惚れて…おまけにシャツを掴んだまま…って…!!

 恥ずかしさのあまり、全力疾走。


 いつもなら、こんなに走れないのに。

 何があたしを走らせたのか…

 何度も倒れそうになりながらも、あたしは家に辿り着いた。

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