最終話 愛しくも悲しい化け物

 私は『ガルドラン=ギグ=ドランバラクロン』と申す。長い名前故、クロと呼んでくれて結構だ。私はいわゆるだ。私は様々な場所に現れる。車の下や茂みの中。たまに炬燵の中なんかにも現れたりする。数ヶ月前の私は、色々と姿を変えることができたのだが、今は猫という動物の姿を模している。この動物の大きさが今の私の限界だ。本来、あの時消滅していたはずだったのだから、今この姿で存在できているだけでも良しとするしかない。

 私は一命を取り止めていた。それもこれも、私が助けた人間達のお陰とも言える。彼らはキャンプ場から帰った後、私の噂話を広めたのだ。あの時の恐怖を伝えることで、私という存在をこの世界に繋ぎ止めた。そして、その噂を聞いた人間達の恐怖の悲鳴は昼夜を越え、私の元へと届き、少なからずエネルギーを与えてくれたのだ。意識を取り戻した私は、すぐ近くに居た動物、つまり猫の姿へと咄嗟に変わり、そのままキャンプ場から離れ、今に至っているわけである。

 それにしても、人の噂とはなんとも恐ろしいものだ。あの悪霊を産み出したのも人間であれば、私を救ったのも人間だ。いや、この世界に存在する私のようないわゆるを作っているのは人間達のそういった噂話や想像力なのかもしれない。そして害のある存在が誕生するかどうかのその境界線は、そこに悪意があるか否か。

 私は餌さえ頂ければどうでもよいのだが、またあんな悪霊と対峙するのはうんざり極まる。しばらくは細々と生きていくことにしよう。

 とある一軒家の縁側でそう思う今日この頃の私。すると・・・

「クロちゃんこんにちは!今日もいい毛並みだね。」

 ナノハが声をかけてくる。私のこの美しい黒い毛並みから、この名前をつけたらしい。奇遇にも私の略名と同じだ。違和感はない。あの後カエデがすぐに病院に連れていったお陰で、ナノハは無事回復することができた。両親も、あの時の記憶は混濁しているが、今も優しくナノハを育てている。

 何故私がナノハの側にいるのか。

 ・・・まああれだ。お気に入りだし、無事だったのか心配だったし・・・

 いや、よそう。単純に私はこの子を守りたいのだ。危なっかしくて目が離せないのだ。からこの子を救いたいのだ。カエデにはしてやれなかったこと。せめてこの子には・・・きっとこの子が15歳の誕生日を迎えるとき、カエデと同じような試練が待ち受けているだろう。その時に、私は彼女の傍に居てやるのだ。

 愛しくも悲しい化け物になってしまったカエデ。ナノハには同じ道を歩ませたくはない。来るべき日の為に、少しでも力を回復しておかなくては。

 私はこの姿でも、人間に恐怖を与えてやることは出来る。例えばこういう方法だ。この愛くるしい姿で注意を引き、車の下に隠れ、人間が覗きこむタイミングを見計らって、引きちぎれた人間の生首に姿を変えて待ち構えてやるのだ。これはかなり効果がある。癒しと恐怖のギャップ。全身を人の形に変えるのは無理だが、今の私でも人間の一部くらいになら姿を変えることが出来るのだ。まあ本来ここまで策を張り巡らさずとも、もっと楽に食事を摂りたいところだが、今の私ではこういうことを繰り返し、気長にエネルギーを蓄えていくしかない。


 ・・・はぁ

 ・・・やれやれ、まだまだ私の苦労は尽きることが無さそうだな。


 長くなったが、来るべき日が来るまでもう語ることもあるまい。


 それでは人間達よ、去らばだ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 そうだ・・・最後に・・・言っておくことがある。


 人間達よ、何度か言ってきたように、貴様達は私にとっては餌に過ぎないのだ。


 だから・・・いつも私が助けてくれるとは思わないでくれ・・・


 自分自身を守るためにも、貴様ら一人一人がお互いを思いやり、助け合い、悪い噂に流されることなく、強い心をもって、堂々と生きていってほしい・・・

 

 では、今度こそ・・・去らばだ。

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夜をまたぐ白昼の叫び 猫屋 こね @54-25-81

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