第2話

「きゃあ!」

 なだらかな清流が流れるこのキャンプ場。その河原で水遊びをしていた小娘が悲鳴を上げた。そこに慌てて両親と兄が駆けつけ、少し周りがざわつき始める。娘は、今見たものを身ぶり手振り説明した。しかし、それを聞いた両親と兄は、安心したのか笑いながら首を振り、父親は軽く娘の頭を撫でると、また昼食の準備に戻ってしまう。周りにいた他の餌達も、また同じように各々の作業に戻る。信じてもらえなかった娘は、ムスッとした顔をするが、気を取り直し、また水遊びを始めた。ああ、いいぞぉ。久し振りの恐怖だ。人間達のいる場所とは対岸の、鬱蒼と生える木々の中にいる私は、身体の右半分だけ見える形で立っていた。そして、目撃されるや否や、直ぐ様姿を隠したのである。この行為には理由がある。餌達の装備を目にした私は、再度計画を練った。奴らは一晩ここで過ごすつもりだ。ならば、急く必要はない。私の存在をすぐにひけらかすのではなく、まずは『勘違いかも』位のところから始め、日が暮れ、私自身姿を隠しやすい時間帯になってからメインディッシュを頂こうという算段だ。

 さて、問題はどうやって恐怖を頂くかだが・・・

 まず、単独行動をしている奴に狙いを定めるのがいいだろう。まあ定石だな。そして、ここからが大事だ。やり過ぎると、もしかしたら帰ってしまう恐れがある。・・・恐れ?私が?・・・まあいい。なので、決して危害を加えてはいけない。あくまでも私は命を奪うつもりはないのだ。今ここにいる人間達は、3つのグループに別れている。四人家族、三人家族、大学サークルのグループ。とりあえず、一グループ一人ずつに私の存在を知らせよう。

 行動に移ることにした私は、今正に荷物を取りに車に戻ろうとしている大学生の女に目をつける。私は能力の一つ、『影移動』を使うことにした。この能力はそのままの意味で、影から影に移動するというものだが、人間の視線が私に向けられているときは発動出来ないという弱点があるが、この能力はかなり使えるのだ。想像するがいい。どこに逃げても逃げても、道の角を曲がると私がいる。人間はその時、もう逃げられないという感情から、絶望の悲鳴を上げるのだ。なんとも便利な能力。したがって、今晩もこの能力で散々恐怖を堪能しようと思っていた。

 早速影移動を使い、キャンピングカーの影に隠れ、女の到着を待つ私。・・・来た。半袖短パンの女が車の鍵片手にこちらに近づいてくる。どれどれ・・・

 女はリモートキーで車のドアの解錠をすると、後部座席に回る。そして、ドアを開けようとしたその時・・・。私の姿がドアの窓に写っているのを見たのだ。女は目を見開き、小さな悲鳴を上げながら振り向く。が、私の姿はもう無い。私は、女の振り向き様の、その一瞬を利用して影移動を使ったのだ。女は車に背中を付けながら腰を落とし、キョロキョロと周りを警戒する。そしてヨレヨレと立ち上がると、急いで後部座席から荷物を取り、仲間達の元へと戻っていく。またしても恐怖を頂いた私は、とても気分がいい。一グループ一人だから、この時間帯はもう後一人を狙えばいい。私は残りのグループ、三人家族に目を向ける。父、母、娘。誰にするか。ここはやはり、単独行動をしそうな娘に狙いを定めるのがいいだろう。

 前菜を頂くのはそこまで。あとはメインディッシュをどう頂くかを考えよう。恐怖の悲鳴が鳴り響く夜。ああ、私の口元の防波堤はもう、あふれでる涎を止められないでいた。

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