第5話
「ひぃ!」
目を見開き、恐怖の声を上げると、女は気を失ってしまった。おお、助けてやった甲斐があったものだ。この者からは諦めていたが、思いもよらず恐怖を味わうことができた。しかし疑問に思ったことだろう。何故私がこの女を助けたか。理由は簡単だ。先にも言ったように、餌に対して同情したこともある。が、もっと利己的な考えがあったからだ。こやつが将来どこぞの男と契りを交わし、子供を産み、家族を作る。そして、またその子供が誰かと契りを交わし、子供を作り、家族を作る。人間が増えるということは、私にとって食料が増えるということ。食料は大事にしなくてはならない。
私は『空間同調』を使い、恐らく朝まで起きないであろうこの女を隠してやることにした。この能力は、対象となるものとその周りの空間の波長を同調させ、視覚、触覚での感知を他の生物にさせないというものだ。まあ簡単なイメージで言えば、空気に溶け込ませるといったところか。この能力の解除方法は二つ。私が解くか、術をかけられた者が自力で五歩歩くかで解除することが出来る。この調子では明日の朝、私が解いてやることになるだろうが。
それにしても・・・
私は覆面男が去っていった方向を見る。あちらにはキャンプ場があるのだ。別の獲物を見定める気か、或いは・・・元々あの中にいた誰かか。
あの少女は大丈夫だろうか・・・おっと、いかんいかん。私としたことが、何を考えているのだ。これではあの時の二の舞ではないか。気を取り直し、私は奴の後を追うことにする。
体重操作を使い木に登ると、そのまま木から木へ飛び移りながら進んでいく。しばらく林を移動したが見当たらない。もう追い付いてもよさそうだか、どこにいった?そうこうしているうちに、人間達の声が聞こえてきた。キャンプ場に出てしまったのだ。
しかしまあ、いい気なものだ。女が一人いなくなっているというのに、皆、和気あいあいと楽しんでいる。・・・奴に出会わず、ここに着いてしまった・・・と言うことはつまり・・・やはり奴はこの中に居るということだ。この二十人足らずの中に。
私はついつい心配になり、あの少女の姿を探してしまう。・・・いた。どうやら無事戻ってきていたようだ。あの少女は恐らく、私たちのような化け物だけではなく、常軌を逸した存在を感知してしまうのかも知れない。だから余計心配になってしまう。
・・・認めなくてはいけないようだな。私はあのナノハという少女を気に入ってしまった。我々化け物の中には、生殖能力を持つものと持たないものが存在する。私は後者にあたる。だからだろうか、子孫を残せない私は時々、人間の中にお気に入りを作ってしまうのだ。とは言え、別にどうこうするつもりはない。ただ見守り、何かの時は守ってやるという程度だ。
私はしばらく彼らを観察した。そして気づく。あいつだ・・・あの体型、あの仕草。間違いない。やはりキャンプ客の中にいたのだ。それにしても・・・私は時折、人間の心理に驚かされることがある。今回もそうだ。人を一人撲殺したのにも関わらず、なに食わぬ顔で仲間達とバーベキューを楽しんでいるあの様。はっきり言って、我々よりもたちが悪い。我々は、あくまで生きるための行為、つまりは栄養補給として人間を襲うのだ。ただ命を奪うだけの、快楽殺人者とは違う。少なからず敬意を持っての行動なのだ。
30分程経った頃だろうか。一人の女が異変に気付く。
「あれ?そういえば、かやちゃんは?」
辺りをキョロキョロ見渡す女。そこにすかさず例のあいつが口を出す。
「ああ、かやちゃんなら調子が悪いみたいで、さっき俺が近くのバス停まで送ってったよ。」
悪びれるようすもなく言う男。
「あれ?バス停なんてあったっけ?まあいっか。来週学校で会えるし。」
多少疑う様子もあったが、納得してしまう女。私が助けなければ、来週というか一生会えなかったのだが。
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