2日目の3
想定外の出来事は往々にして遭遇するが、まさか女子アナと会話することになるとは思いもよらなかった。
それは武家屋敷が残る一帯に構えられた喫茶店で起きた。店名からして穴場らしいその店は、後から聞けばつい一週間ほど前に開店したばかりなのだという。
もちろん筆者はそんなことを知る由もなく、たまたま面白そうなカフェ見っけ~うふふふ~、くらいのノリで腰を落ちつけた。というか歩き疲れていい加減へとへとだったので、屋内で休めるならもうどこでもいいやと思っていた。
そこで何を注文しようかとメニューをめくっていたとき、唐突に声を掛けられた。小奇麗な感じの女性である。何と言われたか正確には覚えていないが、これから撮影を行うので顔が映るかもしれないが構わないかといった内容だった。
さて、先に言っておくが筆者は自分の容姿に自信がない。最近腹が出だしたのを忌々しく思っている、劣等感の塊のような成人男性である。そんな自分が地方局とはいえ地上波に映ってしまうのは気が引けた。
しかしそれ以上に、筆者はイエスマン(※7)であった。まさか「自分の顔が映ることを良しとしないイカレ自意識野郎なのでダメです」なんて言えるはずもなく、頭を縦に振らざるを得なかった。
そしてカメラやマイクが入り、撮影が始まった。番組の収録というよりは道の駅などで流れているPR動画を撮っている様子。ひとまず安心する筆者。
そこで、驚くべきことが起きた。
やっと注文した風変わりなかき氷を待っている間に、先ほどの女性が再び声を掛けてきたのだ。
「ちょっと一言頂いてもよろしいですか」
うん。わかりました。
断れる訳がないのである。なぜなら筆者はイエスマン。真摯に仕事をなさっているテレビ局の方々に対し、こんな平日からぶらぶらしているろくでなし人間が面と向かってノーを突きつけられるはずがない。
重ねて言うが、筆者は劣等感の塊である。カメラがこちらを向いていて、アナウンサーが自分と会話しているという状況が既に申し訳なく感じられる。データの無駄、時間の浪費だと本気で思っている。
だが無情にもそのインタビューは一言で済むはずがなかった。テレビで放映されるのは一部始終ではなく、幾つかの発言から抜粋したものである。使える素材を集めるためには使えない素材も含めて集める必要がある。
受け答えの最中、僕はいつものようにこう考えていた。
『ああ、早くこの会話が終わればいいのに』
その後ようやく注文の品が届いた。凍らせたミルクを削ったものの上にアイスクリームを添え、さらに新茶の粉がかかっている変わったスイーツ。沈みかけていた気持ちを浮き上がらせてくれる、素敵に甘く冷たい和洋折衷の氷菓子。
なるほどこれは新しい名物になりそうだ――直前のインタビューで自らが口にした支離滅裂な発言を思い出しつつも、不思議と頭は痛くならずに済んだのであった。
※7 なんでも肯定してしまう人のこと。ジェンダーに配慮すればイエスパーソンだろうか。しかし、これで配慮していると言えるのかはやや疑問である。
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