2日目の1


 十四時間に及ぶ船旅の末に平衡感覚が狂うのは当然であった。


 筆者は基本的に虚弱だ。しかも疲労に敏感であるので、ちょっとしたことでもすぐ音を上げる。情けなさコンテストに出場すればそこそこいい位置につけるかもしれない。(こんな感じでいきます)


 フェリーを降りてまず向かったのは最寄りの駅である。何はともあれ観光のための情報が欲しい。船内では満足に電波を使えなかったのが仇になった形だ。旅行雑誌も全国的に名の知れた観光地や県庁所在地周辺の情報ばかりで、あまり役に立つとは言えなかった。


 とはいえ筆者はこれでも図書館司書の資格持ち。検索技能に関してはそこそこの能力値を持っている。クトゥルフ神話TRPG(※1)ではきっと大活躍できる。まぁ虚弱なのであるが。


 そんなわけで現地にて情報を集めた。そして推奨されている観光ルートを回ることにした。途中で昼食を頂いた。親切な店主のマダムに観光地を紹介され、パンフレットまで貰った。ご当地のグルメグランプリで数年前に準優勝したという豚のステーキ丼(サービスで大盛り)を平らげ、自転車をレンタルさせてもらえるという観光案内所へと向かった。


 ここまでは旅の醍醐味をテンポよく楽しめていたと言える。順当に情報を集めつつ時間的にも余裕があり、まさしくぶらり旅といった風情さえ漂わせていた。


 だが観光案内所に到着し窓口で問い合わせたところで誤算が起きた。


 身分証明書を持っていない人に自転車は貸せないというのだ。


 何を当たり前のことを、と思われるかもしれない。だがろくでなしの筆者にとっては死活問題である。何を隠そう、筆者は自分を自分と証明できる物を何一つ持っていないのだから。


 運転免許証も、保険証も、学生証も、マイナ○バーカード(※2)もない。よくもまあこんな体たらくで旅行なんてしようと思ったものだ(自分のことである)。


 でもTRPGではこういうキャラが強かったりするのだ。きっと。(※3)






※1 クトゥルフ神話を題材としたテーブルトーク・ロールプレイングゲーム。近年オタクの必修科目になりつつある。

※2 申請したらタダで貰えるプラスチック製のカードで、身分証明に使える。番号の通知カードでは使えないので注意。

※3 住所不定・無職が最強。筆者はさすがにそこまで捨て身になれない。

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