3日目 浪士は根っから根無し草


 筆者はひとり旅を十九の頃から嗜んでいる。

 集団行動はさほど苦手ではないが、それ以上に個人行動が好きなうえに抵抗がない。寂しさを感じないと言ったら嘘になるが、徒党を組むことの煩わしさに比べれば良い刺激である。


 しかし独りだとどうにも心細い場面というのは往々にして直面する。

 例を挙げると、宿泊地が無人駅から獣道を歩いた先であったり、離れ小島の森の奥だったり、といった場合だ。どちらも夜中の行軍で、今何事か起きれば助けも求められない状況がかなりスリリングだったのを覚えている。

 それらの経験から、女性にはひとり旅を間違っても勧められないと感じていた。


 今回も似たような事象はあった。二日目の夜、宿泊地最寄りの駅に到着したあと、徒歩で四十分はかかる距離を歩いていたときだ。

 南下する県道へ合流するため、地図を頼りに住宅地を抜ける。時間は二十一時過ぎ。多くの人は仕事を終えて帰宅している頃合いである。

 だが、その地域は妙だった。通りがかる戸建て住宅が揃いも揃って消灯しているのだ。屋内の灯りはおろか玄関灯すら点いていない。まるで故意に生活の気配を隠しているかのように。

 そんな身も蓋もないことを考えていると、とあるSCP*を思い出した。

 『捌縁やつえん』。その町では幾つもの禁忌があり、住民は異常現象の法則に従って生活している。その禁忌を破った者は――というものである。

 気になる人は調べてみてほしい。筆者は本文を書くにあたって該当記事を読み返して漏らした(要出典)。


 そんな不条理な恐怖も現地の方々には失礼な話で、翌朝宿を出てみれば何のことはない、そこは普通の町だった。

 ただ、再び駅に向かうまでの道のりでも誰ひとり通行人と出くわすことがなかったのは、朝ぼらけに寝ぼけた頭でも少し不気味に感じた。


 余計なことばかり考えていたせいか、あるいはその土地の不可思議な特性のせいか、乗車予定の電車には乗り遅れてしまった。次発は一時間半後。寒空の下で待つには長いが、時間を潰せるような喫茶店も近くにはない。

 そこで今日の乗車ルートを見直すことにした。青春十八きっぷの四回目を使用し、越後の山間を突っ切る列車に乗る、つもりだった。

 よく見るとその列車、青春十八きっぷの利用可能区間外なのだ。

 そう、また追加運賃の発生である。


 さすがに二日連続は厳しい。原則普通列車のみ乗り放題の青春十八きっぷで急行列車に乗ろうとしていたことは我ながら呆れるばかりだが、乗車前に気づけて幸運だった。乗り遅れたのも青春十八きっぷの神の思し召しだとすら思った(ほんとか?)。

 こういった現象は乗車駅と降車駅、そして乗り換えの駅がJRに属していると嵌まりがちな罠である。出発点がJRでも、乗る路線が地方鉄道のものだと追加で料金が発生してしまう。誤魔化そうとしても車掌さんの抜き打ち切符確認があるので無駄だ。彼らを舐めてはいけない。


 話を戻して、どうにかして追加運賃の発生を避けたい筆者は小一時間考えた。そして迂回経路を思いつく。迂回というよりは遠回りと言ったほうがいいかもしれないが、おかげで追加の出費を抑えることができた――時間という大切なリソースを消費して。


 これは声を大にして言いたいのだが、お金でショートカットできる過程があるなら惜しまずお金を払うべきだと思う。

 たとえ時間が余っていたとしても、無職でお金が減る一方だったとしても、ショートカットすることで得られるものの価値は想像以上にデカい。

 もちろんお金を温存できるのに越したことはないが、お金を払ったからこそ得られる豊かさというものは、誰にだって覚えはあるだろう。


 つまり、青春十八きっぷで当てどない旅をするくらいなら、ちゃんと旅行会社でプランを組んで、前日や当日に宿を予約するなんて蛮行はせず、計画的に立ち回ったほうが満足度は格段に高いぞ、という話だ。


 もちろん自虐である。






(*)SCP:架空の組織であるSCP財団が保護対象としている異常実体や事象のこと。詳しくはWeb検索推奨

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