2023年1月 東海北陸の旅
0日目 自分探しは自分失くしから始まる
この冬、仕事を辞めた。
二年ほど前、上京とともに始めた仕事である。業種としてはネットワーク関係。今まで勤めていた進学塾とはまるで別の職種を選んだのは、単にそこが都会で就職しやすかったからだ。
なりたいものがなくても、生きていくためには働かなくてはいけないのが社会の原則。何でもいい、と言えばさすがに言い過ぎなのだが、そこそこの月給でそこそこに生活できればそれで良かった。
なんて甘くみていると案の定、都会での仕事は思っていたよりも自分の精神を削っていった。さながら紙ヤスリのように、ざりざりと、表面をなめらかに均していく。
このまま磨かれるままに過ごせば、僕は真っ当な社会人として仕上がっていくのだという予感があった。
けれど同時に、やがて小説は書けなくなるのだろうという確信も芽生えていた。
既に一年以上続けていた仕事にはいまひとつのめり込めていない実感があった。今後さらなるスキルアップを重ねて昇給していこうという気概も湧かなかった。高額なものを買う予定もなければ積み立て等で備えるべき将来もなかった。
今の給料でも生きてはいける。
僕は現状に満足していた。
否、現状が行き止まりだったのだ。
仕事で成果物を出し、反応を貰い、少しずつでも認められ、任される業務が増え、自然と社会に溶け込んでいくことができるかもしれない――
それが真っ当な大人にはなれないと思っていた自分にとっての期待であり、希望でもあった。
けれど自分が真っ当になっていくのを感じるにつれ、創作は自分にとって不可欠なものではなくなっていった。
それならそれで良いじゃないか、と人は言うけれど、そうやって容易く切り離せるのならそもそも小説なんて書いていないのだ。
思うに、創作活動は僕が昔の僕に生きていてもいいと伝えるための手段だった。
しかし生活のため真っ先に削っていたものは、何かを一から作り出そうという気持ちだった。
ゆえに昔の僕を見捨ててまでこの生活を続けるのは、生きる価値のない存在を延命させているのとそう変わらない。
どちらか一方を諦めなければいけないというのなら。
諦めないものは当然、決まっていた。
二〇二三年、一月。
何も持たない僕の、何も目指さない旅が始まる。
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