2日目の1 朝は昼夜に含まれるか
朝風呂。それは人生の目的である。
そう錯覚させるだけの魅力が温泉にはあった。
連日の酷使で疲労した筋肉が解されていくのを感じる。湯船から立ち上る湯気の向こうには、悠然とした山景が広がっていた。紅葉の残滓を残す、素朴ながらも優美な景色だ。
もう一度言う。朝風呂とは人生の目的である。
それが錯覚だとわかっていてもなお、泡沫の幻に身を委ねたいと思えるほどの、人生を豊かにする体験であった。
とか書いておけば紀行文らしいだろうか。
実際温泉のリラクゼーション効果は凄い。寿命が延びた気がする。
そんな魔法のような湯が如何様にして湧いてくるのか確かめるべく、取材班は温泉街を歩き回ることにした。
平たく言うと観光である。
下呂温泉は言わずと知れた日本三名泉の一角だ。足湯スポットは避けて通るほうが難しいほど点在している。
温泉街の東西を繋ぐ大橋を渡ると、土産屋や食事処の立ち並ぶ賑やかな通りに行き着く。やや傾斜のきつめな坂道を見て、せっかくなので山登りを開始した。
あまりに唐突であるが、筆者は馬鹿なのでしょうがない。
あるいは煙である。
てくてく坂道を上っていくと、十分もしないうちに温泉街の人混みから離れる。登山コースの案内板と思われる地図を見つけ、その道中に洒落た喫茶店があることを知った。
傾斜はより厳しくなり、また生活感の漂う道になっていく。それでも民宿は交じっていたりするから流石である。
単調な一本道かと思いきや誤って地図と違う道を辿って引き返したりもしつつ、目的の喫茶店に到着。
看板を見ると、CLOSEとあった。
もっというと、今は冬季休業期間らしい。
再開は四月からだそうだ。
…………そういうの、グーグルマップでも情報更新しといてくれないかなぁ。
ガッカリしつつ来た道を引き返す。
得られた成果は、温泉で抜け出たはずの疲労感と、謎に存在感を発する銅像の写真くらいのものであった。
散策を終え、ご当地ブランド牛を用いたラーメンを汁まで頂いた後、本日最初の乗車。
訪れる列車は多くが特急であるため、青春十八きっぷ縛りをしている身ではおよそ四、五時間に一本しか普通列車が来ない。
これが前日からの懸案であった『四日間で帰れないのではないか』問題の起因である。
結論から言えばこれは取り越し苦労だった。ライヴ感を重視するが故の早とちりである。
現時点では三日で充分帰れるだろうと算段もついている(フラグ)。
約四時間余りの乗車中、僕は半分以上眠ってしまっていた。ふと目が覚めて外を見ると雪国であった、という旅人にあるまじきうっかりムーヴをかましてしまったのだ。
この原因は深刻な体力不足に他ならない。
かくして、今年の目標のひとつが決まったのであった。
とはいえ、雪の積もるどころか降ることすら稀な地域で育った筆者としては、この冬の景観に胸を高鳴らせざるを得ない。
慣れている人にとっては一面真っ白なこの光景の何が面白いのだと思うのだろうか。
僕が興味深げに窓の外を眺めている間も、向かいの席に座っている男性は懸命に横向きにしたスマホを触っていた。
みんな、それぞれの価値観を持ちながらもそれぞれの戦場で戦っているのである。
知らんけど。
少し長いので二日目後編へ続く。
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