第20話 唸れ創造の魔法

「俺たちは殺し合いをしたいわけじゃない。ただ、そちらの大切な蜘蛛を殺してしまったのは事実だ。こちらから何か詫びの品を渡すことでそちらもほこを収めてくれないか?」


「それでは、我の大切なウンゴリアントを殺した白狼犬っころの命一つでお前らを許してやろう。さっさとそいつを置いて失せろ」


「それは出来ない。彼女は魔王を倒すのに必要な仲間だ」


 凄む黒蜘蛛アラクネに対して、シノブは怯むことなく一歩進み出た。

 信を守るためにスコルは彼の前に出ようとしたが、それ笑顔で静止する余裕がある彼に、スコルはおとなしく従う。

 しかし、どうしても心配なのか、スコルは彼の背中越しに吊り上がった八つの目を更に吊り上げた黒蜘蛛アラクネを威嚇するような目つきで睨みつけた。


「なに?」


「これでどうにかならないかな?」


 信が金の袋から糸を取り出すのを見てその場にいる全員のときが一瞬止まったような静けさになる。

 そんなことはお構いなしに、信は魔法を使って宙に浮かせた糸で、向こう側が透けそうなくらい薄くて美しい布を次々と織り上げていく。


「糸を紡ぎ衣を織ることは我らが黒蜘蛛アラクネの特技…珍しくもなければ詫びにもならない。小僧…無知だとしても許されることではないぞ」


 布を見て我に返ったらしい黒蜘蛛アラクネが、腰に手を当てて鼻を鳴らしながらそういうにもかかわらず、信は口元に笑みを浮かべたまま、織り上げた一着のドレスのように見える服を彼女の手に押し付けるように手渡した。


「着てみればわかるさ」


「ニンゲン…着てみてもわからなかった時はそれ相応の覚悟をしておくのだな」


 信の妙な自信に少し気圧された黒蜘蛛アラクネは、渋々と言った様子で彼から手渡された白い服に二対の腕を器用に通し、コルセットのように編み上げになっている部分も器用に蜘蛛の部分の前足を使って縛り上げて行く。


「いや…これは…しかし…なかなか…。体に密着しているのに窮屈ではないまるで抱きしめられているかのような着心地…どことなく普段の我の織ったものよりも魔力が満ちていくようなこの満たされた感覚…これは…」


 信の創り上げたドレスの着心地を確かめるように何度か腕を動かしたり、自分の体を見回す黒蜘蛛アラクネを、スコルとハティ、そしてハティの胸元に抱かれているナビネは息を呑んで見守る。

 そんな中、黒蜘蛛アラクネから出たのは感嘆の溜め息と信の創ったドレスを褒め称えるような言葉だった。

 意外そうな顔をする三人を余所に、信は満面の笑みを浮かべながら腕組みをして頷くと、先程までよりも表情の和らいだ黒蜘蛛アラクネをみつめた。


「ああ…よかった。俺の見込んだとおりだ。

 このヒト型の部分の引き締まった腰の筋肉と骨盤に当たる部分から蜘蛛になっているボリューム感の差…そしてなによりも人の形はしているのによく見ると艶があって薄っすらと甲殻のようなツヤツヤした鎧でコーティングされている肌…俺が思うにこの甲殻状の肌は磨くことによって魔力の伝導率が変わるので、こうして布地を余計に配分してこう…動くと肌が磨かれて光るようにしてあげるとより一層肌の輝きもまして美しくもなり、魔力の伝導率が上がるので防御率もあがる。そして独特の甲殻によって包まれているため重力に負けない乳房…この曲線を最高に活かすためには胸部と腹部をセパレートにて作った俺の世界のネグリジェのような服が一番なんだ。腹部はコルセットのように締め上げる形で、少しマットな質感にした服を…ああ…これを締め上げたいときには他の蜘蛛に頼んでくれたほうがやりやすいが…。

 あともう少し絞るとさらに乳房とくびれのメリハリが効いてくるけど、俺個人としてはメリハリよりも全体的な体のラインにはピッタリしつつも醸し出されるふわっと感を大切にしたいと言うか…。そう…こんな磨き抜かれた大理石のような肌のおっぱいの下で眠れたらどんなに幸せだろう。ここまでボリュームがあるにもかかわらず…甲殻で硬化されているから重力に負けることがない。いや、重力に負けている哺乳類のおっぱいももちろん良さはあるんです。やわらかさと温かさも大切だ。しかし、こういう固くてすべすべでツルツルのおっぱいに出会えることもそうそうない。そう帰るべき家がスコルのおっぱいの下なら貴女のおっぱいはまさに別荘やホテル…」


「とにかく熱意は伝わった。これをもう2,3着作れるのならその袋を満たしても有り余るくらいの蜘蛛の糸をやろう。素晴らしい…黒蜘蛛の我がまさか織物でニンゲンに負けるとはな」


 ペラペラといきなり口数が増えた信に対して、黒蜘蛛アラクネは二、三歩後ずさりをしながらも怒った様子は見せず、それどころか報酬を約束してきたことに信以外の三人は思わず驚きの声をあげる。


「戦闘は苦手な分、こういった交渉は得意で助かったよ」


 信が後ろを振り向いて仲間たちにそんなことを言うと、黒蜘蛛アラクネは彼の肩に手を置いてなにか思い出したように話を始めた。

 

「我の知り合いを思い出すな…。その知り合いの夫になった男はお前とは違い、その剣は一振りでドラゴンの首を落とし、受けた傷は女神の祝福により癒やされるという破格の存在だが…なんでも巨乳なら悪魔も神も魔物も気に入った相手は全て妻にしたという話だ」


「そんな力があるってのは素直に羨ましいな」


「物を創造する魔法は破壊の魔法よりも高度なものだという。ニンゲン、そう気を貶すな。これだけのものを作って魔力が枯渇しないということはお前にもすごい力があるということだ」


「…そうなのか?」


 スコルが思わず大きな声でそんなことを言うと、黒蜘蛛アラクネはワザとらしく肩を落として項垂れさせた頭を左右に大きく振った。


「犬っころどもはそんなことも知らなかったのか?」


「う…」


「自信を持つが良い。お前のその能力は戦闘だけのバカよりもよほど役に立つ。なんせ織物では神すらも凌駕する我らが黒蜘蛛アラクネ一族が唸るほどのものを創ったんだからな」


 何も言い返せずに悔しそうなスコルとハティを見ながら、黒蜘蛛アラクネは得意げな顔をしてみせると、信のサラサラとした髪をまるで我が子を慈しむかのように撫でながらそういった。

 それは、最初の恐ろしい声ではなく、我が子や同胞に話しかける母親のような声だった。

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