第13話 全てを隠す街
「な…なんだこの街」
「オイラにもさっぱり…」
「ソフィーが言ってた通りだな…」
ガーディナの街でソフィーと別れ、大司祭からまとまった貨幣と食料をもらった三人が次に来たのはヴァプトンという高い塀に囲まれた街だった。
※※※
「月の神殿に向かっているのですか?」
「魔王城だと聞いていたんだが…」
ガーディナの神殿で見送りのために出てきたソフィーが目を丸くした。
信の返答を聞いて、口元に手を当てて考え込むような顔をした後、ソフィーは悩みながら言葉を口にする。
「そうですね…。月の神殿は今確かに魔王城と言っても過言ではないでしょう」
「どういうことだ?」
「魔王は、かつて月と夜を司る女神様だったと司祭様から聞かされています。
ですが…何が原因かまではわかりません。突然月の女神は狂い、黒い獣を従えて近隣のニンゲンを皆殺しにし、動物は皆魔物へと変え、月の神殿に閉じこもったらしいということだけ伝えられていますが…」
「急に狂った?」
「はい。確か…ヴァプトンに月の巫女が住んでいると聞いたことがあるので…そこにいけば詳しいことがわかるかもしれません。でも…ヴァプトンは今…その…非常に独特な街で…情報収集のためだけに行っても大丈夫なものか…」
※※※
ソフィーが心配そうな顔をして服の裾を弄り回していたことを信は思い出していた。
隣を見ると、スコルが不満そうに唇を尖らせて真っ黒な衣と睨めっこをしている。
「ったく…。シノブが作った服なら着てもいいんだが…」
「見ろ見ろ!おばけみたいだ!」
ため息混じりにそう言って、渋々真っ黒な布を頭からかぶるスコルの横で、同じく真っ黒な衣を頭からすっぽり被ったナビネが元気よく走り回る。
「思いの外似合うじゃないか」
ナビネの頭を撫でて、信も青緑の衣を頭からかぶるように身に着けた。
ナビネの衣は目の位置に穴が空いているだけだが、信とスコルの衣はフードのようになっている。
フードのようになっている部分の片側にだけ縫い付けてある四角形の布で口元を隠すと、スコルと信は目を合わせた。
「これじゃ誰が誰だかすぐにわからなそうだな」
「そうかい?
スコルは骨格も綺麗だし、身体のラインも凄く美しいから全身を布に覆われていてもすぐにわかる。
こういう風に足も頭も隠した服とういうのもたまにはいいかもしれない。なによりも…この布…質がいいみたいだ。
この滑らかな肌触り…上品な光沢…。スコルの身体のラインを必要以上に損なうこと無い厚さ…そして、俺の服と違って袖の部分や裾の部分に余裕がある。
風が吹けばこの部分が靡いて、地味なデザインにもかかわらず華やかな印象を与えられるはずだ。
スコルの素材の良さを十二分に活かしている素晴らしい服だ。さならがこの黒い衣は月のない夜空のよう…。こんな服を来たスコルの胸の下に住めばさぞかし安らかな眠りにつけるんだろうな」
「ば…馬鹿野郎…。突然褒めるなよ」
「…オイラにはよくわからないけど、本当に褒められたって受け取っていいのかそれ?」
スコルは消え入りそうな声でそういうと早足で歩き、武器を肩に担いで厳重に警備されている巨大な石門へと向かう。
信とナビネは顔を見合わせてから首を傾げると、自分の荷物を持ってそんな彼女の後を追う。
全身を布で覆った三人は、同じように青緑か黒の衣を身に纏っている旅人らしき人たちや
どうやら、布で身体を覆わなければいけないのは人だけではないようだった。
目の部分に穴を開けた布を頭に被った荷物を引くための小型の緑竜や馬たちを信とナビネは物珍しそうに眺めている。
「さーて…。運が良ければ今日中に入れるが下手したら何日か門の外で過ごすことになるぞ」
平らで大きな石を見つけて寝転がったスコルの横に信は腰を下ろす。ナビネは信の膝の上に元気よく飛び乗った。
「慣れてるようで頼もしいな。ここへは何度か来たことが?」
「あ…」
スコルは信の顔を見て一瞬動きを止める。
「ま、まぁな…。故郷から近いんだ。ああ!ほら!門が開くぞ!行こう」
目を泳がせたスコルが、不自然なくらい急に立ち上がって大声をあげる。
信は、スコルの指差す方に目を向ける。地面を揺らすほどの地響きのような音を立てて巨大な石門はゆっくりを開いていく。
長い行列に続いて入った三人の目の前には、色とりどりの布を頭から被った人がひしめきあう巨大な都市が広がっていた。
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