第41話 魔王マーナガルム

「ナビネちゃん!すごいわね」


「へへっ!」


 ナビネの背中にしがみついているハティが、流れるように変わっていく景色を見ながら歓喜の声をあげると、ナビネの嬉しそうな笑い声が響く。

 姿形は変わっても、中身は変わっていないことに一同は安堵しながら、夕暮れで赤く染まった空を猛スピードで進んでいく。

 

 高台から見えたときはミニチュアのようだった月の神殿があっという間に目の前に迫ってくる。


「このまま壁を突っ切って一気に玉座まで行くぜ」


「頼もしいな。俺たちはしっかり君の背に掴まってることにするよ」


 信の言葉に気を良くしたのか、グルルと喉を鳴らしたナビネは迫ってくる月の神殿の滑らかな大理石のような壁に向かって速度を落とさずにそのまま突き進んでいく。

 眼の前に迫った壁に向かって、十分な加速をしたナビネが頭から突っ込むと壁には大きな壁が穿たれた。


 壁の向う側にあったのは、青と白を貴重とした広い空間だった。

 天に煌く星を直接取ってつけたようなキラキラと光る宝石によって彩られたシャンデリアが中央にぶらさがっているその部屋には、金色の縁取りをされた青い玉座が鎮座している。

 

「…嫌な臭いだ。青々とした草花と営みの匂いがする」


 女性にしては低い、迫力のある声と共に、カツカツと滑らかな氷のような床の上を歩いてくるのは漆黒のロングドレスに身を包んだ美しい女性だった。


「月の女神ルトラーラ…ではなく魔王マーナガルム」


「くははは…私をその名で呼ぶか太陽の下僕よ。それに…懐かしい顔も並んでいるなぁ」


 青白い顔をしたマーナガルムは、口の片側を吊り上げてにやっと笑うと、信の横に立っているハティとスコルに目を向けると、マーナガルムの真紅の瞳の中の満月のような形をしていた瞳孔が三日月のように細くなった。


「よう、かわいいかわいい弟…いや、今は妹…か?久しぶりだな」


「クッソなまいきなあんたをぶっとばしにきたから、よろしくねぇ」


 スコルは背中から湾曲した大剣を抜き、マーナガルムに刃を向けた。ハティはそんなスコルの隣で真っ白で巨大な狼の姿に变化する。

 

「私の力を恐れて尻尾を巻いて逃げた情けない負け犬共が大きな口を叩くものだ。この世界にの大神はいないのだ。支配者として相応しい私が美しい狂気にまみれた世界を作ってやろうというのに…」


 マーナガルムはそう言い終わるが早いか、手のひらを前に翳した。彼女の手からはツララのようなものが何本も射出され、信たちの方へ襲いかかる。


 しかし、マーナガルムの手から放たれた氷の魔法は、ナビネの長く太い尾の一振りですべて霧散した。


「オイラだっているんだぜ?」


 空気を震わせるほどの咆哮をあげたナビネは、羽根を信を抱え込むように広げて得意げにそう言ってみせた。


「退屈しのぎにはなりそうだな」


 マーナガルムは、銀色の長い髪をかきあげると、鼻で笑いながら信たちの方へ数歩近づく。


「まずは姉弟の再開を祝おうじゃないか」


「姉弟水入らずの楽しい時間を過ごしましょ?」


 勢いよく剣を振りかぶって地面を蹴るスコルの一撃を腕で振り払ったマーナガルムへ、姿勢を低くして駆けてきたハティの体当たりが襲う。

 体当たりを喰らって大きく後ろに下がったマーナガルムの腹を、スコルの剣が捉える。

 しかし、腕と同じくマーナガルムの体は固いのかスコルの大剣の刃は通らない。


「剣で切れないなんてことは織り込み済みさ」


 腹に当たった剣を手で掴んだマーナガルムは、スコルの笑顔に怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。


「こういうこと」


 いつのまにか自分の背後に回っていたハティに驚いた顔をしたマーナガルムの頭は、そのままハティの大きな口の中へ収められた。

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