第45話 輝く衣を纏う花

「服を着たアルラウネ?こんなときになんなのよぉ」


 驚いているハティの声を聞いたしのぶは、考え事をしていたにもかからわずい、それを止めて急いで彼女の視線の先へ足を向けた。

 そして、聞き覚えのある声の主を自らの目で確かめるためにシャンデリアの影から身を乗り出す。


「あれ、あのヒトの子はどこなのかしら。まったく…困った英雄さんね」


 桃紅色の花弁をスカートのように腰に纏っているそのアルラウネは、珍しいことに服を身にまとっている。

 自慢の服を見せびらかすかのように胸を張り、両手を腰に当てているアルラウネは、腰の下から生えている蔦を器用に動かして大量の蜂と共に部屋の中央へと進んでいく。


「マグノリア」


 信が彼女の名前を呼ぶと同時に、跳んできた紫色の炎がシャンデリアを直撃する。

 大きく揺れたシャンデリアは、自重に耐えきれずに天井と繋がっている鎖がメキメキと音を立てて崩れていく。

 危険を察知して、シャンデリアを蹴って跳んだと同時に手を伸ばしたハティの努力も虚しく、ハティの手は信の首元を掠めただけに終わった。


「あら…よかった。久しぶりね」


 ちょうど真下にいたマグノリアの腕の上に落ちた信は、お姫様のようにマグノリアの細い腕に抱えられる。

 信を見て唇の両端を上げて余裕たっぷりに微笑んだマグノリアの横に、シャンデリアから飛び降りたハティが駆け寄ると、マグノリアはキレイな桃紅色の花が咲いている頭を傾けて不思議そうな顔をした。


「見たことがあるような…ないような…。冬毛にでもなったの?」


「双子の妹のハティよ。味方ってことでいいのかしら?」


「そうよ!ジレニレス様に頼まれて来てあげたのよ!感謝してよね」


 信を自分の傍らにおろしたあと、訝しげな顔で自分を見ているハティに大してマグノリアは再び胸を張って、両手を腰に当てて「えへん」とポーズをした。


「助かったよ。それに、その服…君がまた元のサイズになってもいいように伸縮可能な生地で作ったのは正解だったね。最初にあった何も身に着けていないときよりもずっとずっとキレイだよ。その薄緑色の肌と草原にそびえ立つ豊かな緑を蓄えた双丘…それを白くて薄いシンプルな生地で包むことによってまるで爽やかな雪の残る高原のような…」


「黙ってみていれば戯言を好き放題言いおって!オレを見くびるなよ人間!」


「逃げてください勇者殿!」


 こちらに気がついた狂気の女神マーナガルムが、目を吊り上げて怒号と共に紫色の業火を信たちの方へと放つ。

 ボロボロになりながらもスコルとナビネのことを守っていたのであろう赤銅色の狼の姿となったルトラーラが悲痛な声を上げた。


「言ったでしょ月の女神様…いえ、今は狂気の女神様かしら?今日の私はジレニレス様のお墨付きだって」


 余裕のある優雅な動きで両手を前にかざしたマグノリアの手には蝶のような形の大きな黄金に輝く盾が現れた。

 蝶の盾は、マーナガルムの放った紫色の業火を受け止めるだけでなく、その魔力を吸い取っているようで、炎は盾に触れる寸前に消えているようだった。


「ふふふ…それにね、私の子供たちはこんな事もできるのよ」


 盾を片手で支えたまま、マグノリアが指をパチンと鳴らす。

 すると、先程まで倒れているように見えたスコルとナビネだったものが急に黒い影になり、そして霧散した。


「なに…」


 マグノリアが連れてきた蜂たちがスコルとナビネのふりをしていたことにやっと気がついたマーナガルムは、ギリリと音をさせて悔しそうに歯ぎしりをする。

 

「ほら、そこの赤い狼さんもこっちに来ていいわよ」


 マグノリアの言葉でハッとしたルトラーラは、マーナガルムの紫の炎の攻撃をうまく避けて蝶の盾の内側へと跳ぶように駆けてきた。


「頼りになるな、マグノリア」


「ふっふーん。私が本気になればこんなもんよ!」


 大きな蕾がついた蔦が2つ、信たちの後ろに現れる。おそらく内部でスコルとナビネが眠っているのだろう。

 再び狼の姿に戻ったハティ、ルトラーラを左右に従えた信は、蜂を操ってマーナガルムを撹乱しているマグノリアの隣に立って腰に下げている空色の鞘から剣を抜いた。

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