第6話 夜空の下で
「スコル姉ちゃんが来てくれるなら安心だ。
っていっても、シノブの炎の魔法ももっと強力になってくれないと…。
一応浄化の炎って決め手だし、月の女神を倒せそうにないからな…」
「なに、次に目指す街は魔法の学び舎もあるんだろ?そこでコツを聞けばシノブならすぐに炎の魔法なんて使いこなせるさ」
リーワース村を出て、次の目的地ガーディナを目指すために川沿いの道を歩きながら、ドラゴンの姿に戻ったナビネとスコルは呑気な様子でそんなことを話している。
「もう無理…」
「ちょうどいい。
今日の夕飯がやってきてくれたみたいだ。
ほら、剣を貸しな」
ちょうど信が音を上げた時、道のすぐ横を流れる川の水面が揺らめくのが見えた。
微笑みながら彼から、湾曲した片刃の大剣を受け取ると、足元にある石をつかみ、穏やかな流れの川に向かってそれを思い切り投げつけた。
バチャンと石が音を立てたかと思うと、川から何やらヌッと姿を現したけむくじゃらの生き物が見える。
「バニップ!あんなところに潜んでやがったのか」
警戒した様子で水から頭を出してキョロキョロとしている犬のような頭へと、スコルが続けざまに投げた石は命中し、低い唸り声を上げながらバニップとナビネが言った生き物は勢い良く川から飛び出してこちらへと向かってきた。
小さな仔牛くらいの大きさの毛むくじゃらの生き物は、長い首を振り回しながらヒレ状の足をばたつかせてこちらへ突進してくる。
水の中にいたときは見えていなかった口の左右に生える立派な二対の牙に刺されたらひとたまりもなさそうだ。
「せっかくの服を汚すのは嫌だから…なぁっと」
スコルがそう言って腕を振りかぶると同時に、肉が潰れる音と口の狭い空気の詰まった袋を勢い良く踏み潰したような音が聞こえた。
信とナビネは、勢い良く向かってきたバニップが急に動かない肉塊になったことに驚いていたが、スコルに「剣をとってきておくれ」と言われてやっと、彼女の投げた剣がバニップの脳天をつぶしたのだということに気が付く。
「服を脱いであたしも手伝ってもいいんだけど…」
「いや俺がやる」
川の水で血を洗い流した大剣をスコルに帰した信は、安全のために川から少し離れたところまでバニップだったものを持ってくると彼女の指示の元使えそうな部位を器用に切り取っていく。
バニップの頭についた見事な
日が出る頃にリーワースを出た三人だったが、狩った魔物を解体し終わった頃にはすっかり日が傾いており、太陽は辺り一面を茜色に染めている。
「オイラの予想よりも早く進めてるし、ここらへんはやばい魔物もいないはずだ。
夜道を無理に歩くよりも野営をしたほうが良さそうだぜ」
「あたしは岩場でも木の上でも寝るのは得意だけど、あんたらは大丈夫なのかい?
とくにシノブ…あんたは外で寝るの得意って感じには見えないけど」
スコルの一言で、ナビネも信が野営に向いていなそうだと気が付いたのか、一気に表情を曇らせたが、当の信本人はというと、口端に笑みを浮かべながら先程解体したバニップの死骸の元まで歩いていく。
血溜まりの中に浮かぶ骨と剥ぎそこねた毛皮、それと少しの肉に向かって信が何かを念じるように目を閉じて手をかざすと、バニップの死骸の一部は、宿屋の一室で服を作ったときのように光を放ち始めた。
光の中から現れた人ほどの大きさの筒状に加工されたものが血溜まりの中に落ちる前にヒョイッと手にとった信は、得意げな顔で出来上がったものをナビネとスコルに見せてみる。しかし、二人は首を傾げて無言で信を心配そうに見ているだけだ。
「寝袋だって!ほら!ここから入るの」
「ああ…なるほど。
円筒状のは初めて見たから気が付かなかった。あたしはまた何か特殊な…バニップの遺体に着させる服でも作ったのかと…」
二人は納得したような、少し安心したような顔をすると信の作った寝袋に感心した様子を見せて微笑んだ。
「ちょっと二人共俺の人物像に大きな誤解があると思うんだが…」
「いやいやいや何も誤解は」
「してないと思うんだぜ」
声を揃えて信の言葉を否定する二人へ諦めの目を向けた信が大きな溜め息をつくと、スコルとナビネは声を上げて笑う。
「言い過ぎた」と肩を叩いて野営につかう薪を拾い集めるスコルに何か言おうとするも、例の袋からナビネが取り出した鉄製の鍋を手渡されて水を汲んでくるように言われた信は納得がいかないといった表情でそれに従った。
バニップの肉を使ったスープで腹を満たした信とナビネはスコルに最初の火の番を任せて眠る準備のために寝袋を設置する。
「おやすみスコル…君に出会えてよかったよ」
「あいよ。
あたしも、あんたみたいな変なやつと出会えてよかったよ。時間が来るまでゆっくりおやすみ」
ナビネを抱きしめながら寝袋に入って目を閉じる信の黒く柔らかな髪を撫でてスコルは優しく微笑んだ。
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