第27話 勇者の剣で守るもの
オノールに連れられて来たのは玉座だった。
深い緑色をしたビロード仕立ての椅子に腰を下ろした。彼女は、目の前に横並びに立つ四人を改めて見ると口元に笑みを浮かべる。
「仮初の身体だが、改めて挨拶をさせてもらおう。俺様がルズブリー唯一の人の王オノールだ」
オノールが右手の甲を信«シノブ»たちに向けると、手の甲に埋め込まれている橙色の魔石は明滅を何回か繰り返した。
その明滅に呼応するように、玉座の後ろからは十数体の小型のゴーレムが現れ、信たちを取り囲む。
「不躾なことをして悪いが、これは俺様の趣味だ。勇者とやらの腕前を見せてもらおう」
「まーた偽物にすり替わってるわけじゃないわよねぇ?」
「さぁ、どうかな」
細い剣を腰から抜いて、いたずらっぽい笑顔を向けてきたハティに対して、オノールは笑い返す。
スコルも、やれやれと言いたげに首を左右に振ると背中に携えていた湾曲した片刃の大剣を構えた。
「シノブはあたしの後ろにいてくれ」
「いや、今回は俺にまかせてくれないか?ハティも頼む」
ハティは、一瞬間を開けたあと、何かを察したような顔をして嬉しそうに剣をしまってスコルに抱きついた。
「そうですねぇ。非武装の小型ゴーレム相手なら命の危険もなさそうですし、お任せしましょうか」
「は?何言って…」
「いいからいいから」
慌てふためくスコルを宥め、大剣を押さえたハティは、信の後ろへと下がる。
ナビネも不思議そうな顔をしながらハティの肩の上に飛んで避難をした。
「行け」
手を前に掲げたオノールの声を合図に、小型のゴーレムたちは一斉に信へ向かって歩を進めてくる。
信は、空色の鞘から剣を抜いて姿勢を低くすると小型のゴーレムたちの中に飛び込んでいく。
風切り音と乾いた木が折れるような音が何度も響く。
小型ゴーレムの腕が振り上げられ信の頬を掠めるも、それに動じることなく彼は半歩後ろへ下がり、目の前にいるゴーレムの腕を両断した。
肩や脇腹などを何度か殴打されるたび、信の顔が痛みに歪むと、まるで痛覚でも共有しているかのようにスコルの顔も歪む。
今にも飛び出していきそうなスコルをハティが宥めているうちに、信の周りを取り囲んでいたゴーレムは残り一体になっていた。
肩で息をしている信が、ゴーレムの突きをなんとか横に逸れて交わし、突き出た腕を切り落とす。そのまま前につんのめったゴーレムの首を切り落として剣を鞘へ収めた。
「粗は目立つが…良い剣だった」
手を叩きながら玉座から降りてくるオノールに、信は頭を下げた。
「すごかったぜシノブ!オイラびっくりしたぞ」
「シノブ!大丈夫か?今すぐ怪我の治療を…。なんであんな無茶をしたんだ」
オノールが信へ握手をするために右手を差し出そうとするのもお構いなしと言った様子で、信のことを抱きしめたのはスコルだった。
信に向かって飛んできたナビネは驚いてその場で羽根をパタつかせて二人の様子を眺めている。
スコルは、人目もはばからず信の肩や頬をそっと
「ククク…過保護な恋人を持つと大変だな勇者殿」
「な…」
オノールの言葉で我に返ったスコルは、顔を耳まで赤く染めて信から身体をパッと離した。
「この程度の傷なら俺様が癒そう」
数歩前に出てきたオノールが、信の身体に右手を翳す。
甲に嵌められた魔石が仄かに光ると、魔石から出てきた光の粒子が信の傷があるらしいところに漂い、吸い込まれていった。
先程まで少し鬱血していた頬からも赤みが引き、信は不思議そうに頬や肩を触って確かめた。
「ありがとうございます」
「なに。不躾に勇者殿の力試しをした詫びだと思ってくれ。それに…貴様の保護者殿も怖いしな」
「誰が保護者だ!」
肩を震わせて笑ったオノールは、スコルの照れ隠しのような言葉を背中に受けながら長い外套を翻して玉座へと戻る。
「スコルの足手まといになりたくなくてさ…ハティに稽古をつけてくれって頼んでたんだ」
「それならあたしに頼めばいいだろう?」
「お姉さまに負担をかけたくないって思ってたのよねぇ?私たちみたいな猛獣を、真の姿を知ってても守りたいなんていうニンゲンがいるなんて思わなくてつい協力しちゃった」
「クク…長年独り身の俺様の前で惚気るのは控えてくれないか?」
悪戯そうな笑みを浮かべているオノールの声でスコルはハッとすると、再び頬を赤くして下を向いた。
信も照れくさそうに鼻の横を指で掻きながら玉座の方へと向き直る。
「さあ、明日は月の領域からきた化物共の間を抜けて龍の聖域へ向かうんだ。細やかながら宴を
オノールがパチンと左手で指を鳴らして合図をすると、廊下側にある大扉が勢いよく開き、白いクロスのかかった長テーブルと椅子が運ばれてきた。
その後に続いて大型の鶏を丸焼きにしたものや、新鮮な野菜が盛り付けられた大皿などが小型のゴーレムたちによって運ばれてくる。
焼き立てのパンが盛り付けられた籠や、果実酒の瓶、煮込んだ果実を盛り付けた皿も次々と目の前を通り過ぎテーブルの上に並べられていく。
「こんなご馳走、オイラ初めて見たぞ」
「魔王を倒し、太陽の女神が威光を取り戻せばこれくらいの貢物は毎日のように届くようになるさ」
「よーし!シノブ!スコル!ハティ!がんばろうな」
「そうですねぇナビネちゃん」
ナビネの口にちぎったパンを放り込みながらハティは微笑む。
スコルと信も頷き合い、果実酒で満たされた錫のジョッキを合わせた。
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