第49話 勝利を決める者
「話は二匹の烏からしっかりと聴かせてもらっていたぞ
動けずにいるマーナガルムを見て目を細めた大男の鋭い視線が、
「非力な人の子の身で…このように巨大な魔狼を殺さずに捉えるとは…大したものだな」
大男は口元に蓄えられている灰色の髭をいじりながら肩を揺らして笑ってみせると、黒い木で出来た持ち手の部分が湾曲して鳥の嘴のように鋭く尖っている長い杖をどこからか取り出した。
「我は、異界の大いなる神…幾つも
自分の両肩に止まっている烏たちが「カァ」と短く鳴くと、
カツン、カツン、カツンという透き通った音が部屋中に響くと、戦闘で荒れ果てた部屋はまるで時間が巻き戻されたように綺麗に整えられていく。
すっかり元の美しく静かな玉座の間と化した部屋の中心で、満足そうな顔をした
「がぁっ…クソ…やめろ」
「月の犬…マーナガルムよ。今回はお主の負けだ。諦めろ」
顔を歪めながら自分を睨みつけているマーナガルムを意に介さず、杖を上にひっぱりあげると、女神の体から紫色のモヤのようなものが杖についてくるかのように引きずり出されてきた。
杖をクルクルと軽く回して、紫のモヤを杖で巻き取るようにした
紫のモヤはルトラーラの体にぶつかると勢いよく彼女の鼻や口から吸い込まれるように消えていき、そのかわりに彼女の額からは青白い光を纏ったモヤがすっと抜け出してくる。
ふわふわと漂っていた青白く光るモヤは、信の周りと
青白いモヤが吸い込まれた女神の体と、紫のモヤの入った狼の体はそれぞれ光はじめ、そして女神の体は信たちが最初あったときのような美しい銀色の髪と真っ白な肌の女神の姿へと変貌していく。
「悪さが出来ぬようこの狼の方はさっさと元の世界へ戻しておくとしよう」
赤銅色の大狼が目を開いた瞬間、巨大な真っ黒い手のようなものがどこからか現れて、狼の体を掴んで消えた。
あっけにとられた一同が、元の姿に戻った女神に視線を戻そうとすると、今度は
「カァカァ」
「カァ」
「まあそういうな。我は機嫌が良いのだ。それにあやつかて我の血を引く一族の者。やり直す機会はあっても良い」
左右の肩に止まって喚く烏たちは、
「我の世界にいた者共が迷惑をかけてしまったようだな」
「いえ…。魔なる物に自我を奪われ、自らの領域を忘れるなど…己の力の無さを恨むばかりです」
起き上がってそうそううやうやしく頭を下げる女神の顔をあげさせた
人の姿のままのスコルと、真っ白な狼の姿のハティ、そして信を代わる代わる見た
杖が通った後が金色に光り、いくつかの文字を描き出す。
「きゃ」
空中に描き出された文字が、目も眩むほどの光を放った直後、女性の小さな悲鳴が聞こえた。
「もう、なんなの!あ」
まるで空を切り取ったような色をしたゆったりとした衣を身にまとった太陽色の髪をした女性が中に浮かんだ文字から現れ、床の上に落ちて尻餅をつく。
怒った顔をした女性は辺りを見回して、それからハッとした顔をすると「コホン」と口元に手を当てて咳払いをした。
「ミトロヒア様じゃねえか」
「…勇者シノブとナビネ…無事で何よりです。わたくしの願いをかなえてくれたようですね」
サッと立ち上がり、乱れた衣の裾をパッパと叩いて整えたミトロヒアは、さっきまでの少女のような顔つきから急に自愛に満ちた笑顔になると、落ち着いた声で信とナビネに話しかける。
「異界の大いなる神よ…我が双子の姉妹であるルトラーラを助けてくれたこと、感謝します」
なにか言いたげなナビネと信にサッと背中を向けたミトロヒアは、目の前にいる
「我がしたことは最後の仕上げだけだ。さぁ女神たちと我の三人で、此度の勇者を讃えた祝福を与えようではないか」
威厳のある声でそういう
信たちの隣に佇んでいたルトラーラも、二人の言葉を聞くと氷の上を歩く踊り子のような優雅な足取りで前に出てくると、薄く形の良い唇の両端を持ち上げて蠱惑的な微笑みを見せた。
彼女の手には、静かに輝く銀色の杖を持っている。その先端には拳大の紫色の方形句が輝いていた。
「勇者シノブと、異界から来た大狼達、そして大地の女神の使者よ。私を助けてくださって本当に感謝致しております」
ルトラーラが、絹糸のような細く澄んだ声でそう言い終わると、少し後ろにいたみトロヒアが彼女の隣に並ぶ。
琥珀色に輝くナビネの目玉くらいありそうな宝玉のついた金色の杖を両手に持ったミトロヒアは、空色の衣を靡かせながら信たちの前にゆっくりと近付いてくると、零れんばかりの笑顔を浮かべながら口を開いた。
「
二人の女神と、一人の神、三人からの視線にさらされた信は、その三人の前に臆することなく一歩前に進み出る。
狼の姿のままのハティは、スコルに不安気な視線を送ったが、スコルはそんなハティの頭を優しく撫でると穏やかな表情で勇者と神々から認められた信の背中を見つめた。
「俺の願いは…」
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