第43話 魂の欠片
「大地の聖なる加護を受けた特別製の布さ。悪いけど君を拘束させてもらう」
地面に張り付けにされているマーナガルムの眼の前に歩いてきた
泡を吐きながら硬い石で出来た床を引っ掻いていたマーナガルムは、その大きな瞳から憎しみと戦意を失わないまま信のことを睨みつけている。
巨大な赤銅色の狼に睨みつけられているにもかかわらず、涼しい顔をしている信の後ろからスコルが出てくると、マーナガルムは低い唸り声をあげた。
「さて…あたしの器…返してもらうぜ?」
床に張り付けにされているマーナガルムの鼻先に足を乗せたスコルは、唇の片方を持ち上げてニヤリと笑うと、そのまま巨大な狼の目に覆いかぶさるように倒れ込む。
倒れたスコルの灰褐色の肌からほのかに青い光が滲み出すと、下で藻掻くマーナガルムをじわじわと包み込んでいく。
青い光に包まれたマーナガルムの巨大な体が徐々に小さくなり、信の後ろに佇んでいるハティと同じくらいの大きさになる。
先程まで床を掻くように手足を動かし、一層苦しそうな声を上げていたマーナガルムはいつのまにか四肢をダランと脱力させている。
「さて…あたしの中から余分なものは出ていった」
スコルが目を開いて体を起こすが、マーナガルムは目を閉じたまま動かない。
なにかに耐えるかのように耳を伏せているハティの隣まで行くと、スコルはマーナガルムを覆っている光に目を向けた。
しばらくマーナガルムを覆っていた青い光は、少しずつ彼から離れ始めると徐々に人の形へと変化していく。
「…よくやってくれました」
銀色の長い髪を揺らした蒼白の肌を持つ女性は、静かにそう告げると目を開いた。
最初に玉座に座っていたときとは違う月色の瞳で自分を助けた一行を捉えると、僅かに唇の両端を持ち上げて微笑む。
「グルルル…」
「本来は
スコルに首元を抑えられながら、唸り声を上げ、頭を低くして今にもルトラーラへと襲いかかりそうなハティへそっと息を吹きかけると、ハティはその場に大きな音を立てて倒れた。
「てめぇ」
急に倒れたハティを見てスコルはルトラーラに飛びかかろうとしたが、同じようにスコルもその場に倒れてしまう。
「安心しなさい。少し寝てもらっただけです。あの子たちも獲物であるわたくしを目の前にして正気を保ちつづけるのはつらいでしょうから」
倒れたハティとスコルの口元に耳を当てて生きていることが確認できた信は、涼しげな顔をしているルトラーラの言葉にうなずいた。
「わかってくださればいいのです。さぁ…わたくしを助けてくださった勇者たち、お礼をさせてください。なんでも願いを叶えて差し上げましょう…ああ、それにミトロヒアも呼びましょうか。わたくしの身を案じ、勇者を異世界から呼んでくださったのですから」
漆黒のドレスの裾を引きずりながら軽やかに歩くルトラーラは、信の手を取り、玉座の前へと連れて行く。
ハティとスコルを咥えて背中へ乗せたナビネだったが、ナビネもその場にゆっくりと倒れ込んで動かなくなる。
「ミトロヒアの眷属…この子も疲れたのでしょう…。休ませてあげてください」
倒れたナビネの元に駆け寄ろうとする信の腰に、細く長い腕を絡ませるルトラーラは、そのまま吐息がかかりそうなくらい顔を近づけるとそう囁いた。
うなずく信を見て機嫌を良くしたのか、ルトラーラはドレスの裾をはためかせるかのようにクルリとその場で踊るように回って後ろを見た。
「あ、あと、わたくしの体を奪っていたあの狼は毛皮の外套にでもしようかしら…。首を切って持ってきてくださる?」
ルトラーラはクスクスと笑いながら動かないマーナガルムを指さした。
しかし、信は黙ったまま彼女の顔を見て動かない。
首を傾げたルトラーラが、小さく可憐な唇を半開きにして、胸を信の体に押し付けながら信の顔を覗き込む。
「ねぇ、わたくしの勇者様?聞こえなかったのかしら。あの愚かな赤銅色の狼の首を持ってきてと言ったのよ。そうしたらご褒美に、この体を好きにしていいから…」
漆黒のドレスの開いた胸元に指をかけ、豊満な谷間を見せようとしたルトラーラの手を信は掴んで止めると、三日月のように細くなったルトラーラ瞳孔は、信を真っ直ぐに見つめる。
「…しまってくれ」
「え?」
「その谷間を…しまってくれ」
信の体が光りだし、当たり一面を再び満たした光の粒子が、渦を巻き起こす。
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