第35話 ドレスアップ大作戦

「ルリジオ絡みのことだ。大体なにをするのかはわかったが…」


「どういうことだ?」


 小高い岩山の頂上で腕組みをしているアビスモは、新たに生まれてきたドラゴンたちの首を一凪で跳ね飛ばすルリジオを先頭にして魔物の女王の目の前に迫ろうとしている一行を見下ろして軽くため息を漏らした。

 そのとなりで、鉄の馬の手綱を打ち付けた杭にしばりつけたオノールが首を傾げながらアビスモとしのぶの顔を交互に見つめる。


「さすがアビスモさんですね」


 鉄の馬に背負わせていた出来上がったばかりの巨大なドレスを抱えながら、オノールとアビスモの間に立った信が笑顔になって相変わらず独特の唄のような鳴き声を響かせている魔物の女王へ目を向ける。


「俺様にはさっぱりわからぬな。その綺羅びやかなドレスで魔物の女王を口説くつもりでもあるまいし…」


「オノール殿、大当たりです」


「っな!?」


「鎧の女、驚くのも無理はない。だが、恐らく本当だ」


「…。俺様が全責任を負う。アビスモ殿ならば魔物の女王の頭を魔法で吹き飛ばすことは可能であろう?頼まれてはくれないか?」


 顎に手を当てながら沈黙をしたオノールだったが、少し迷ったように視線を泳がせると、下で走っているルリジオたちを見下ろしているアビスモのマントを引っ張りながら彼に声を掛ける。


「魔物の女王を殺すだけなら確かに簡単だ…だが、代わりにこの世界がルリジオによって滅ぼされることになるぞ」


「そんな…いくら召喚された英雄でもそのような嘘で俺様は騙されんぞ」


ルリジオアレはそういう生き物だ。我を忘れれば残された半日以内でこの世界のすべてを壊す」


 オノールの決死の提案を一蹴して、アビスモは再び足元に目を落とす。ドラゴンの首を次々と跳ね飛ばしているルリジオの後ろで慌てふためいている二匹の狼を見てそっと目を細めるアビスモを不服そうに見たオノールの背後からしのぶは声をかけた。


「まぁまぁ。そんな物騒な話はやめて俺とルリジオさんに任せてください」


「あのような言葉も通じない魔物を着飾って口説くなんて作戦を大真面目にやろうとしている者共を信じられるわけがないだろう?簡単に倒せそうなものをわざわざ倒さないという神経がわからぬ…確かにヒトの部分は美しい女神のようだが…」


 腕組みをしながら落ち着かない様子でその場をぐるぐるとあるきまわり始めたオノールを見て信は笑うと、呆れた顔を浮かべて二人を見ているアビスモの方へ布を抱えていない方の手を差し出す。


「…わかった。浮遊の魔法だな」


「さすがルリジオさんの戦友ですね」


 アビスモは大きくかぶりを振ると、信が差し出した手に自分の手を重ねる。

 巨大なドレスをそっと崖の上から放り投げると、信の手から離れたドレスはふわりと宙を舞い、きらきらと太陽の光を反射させながら広がっていく。


 銀色の透けた布を腰辺りにはためかせているドレスは、白い布地に幾重にも走っている金や銀色の草花のツルのようなラインに縁取られ、ところどころ花のような形に配置された宝石がきらめいている。

 信が作ったものにしては大きく開いた胸元がヘソまで開いており、さらにサイドは編み上げのように透けている。

 巨大なドレスは、アビスモの浮遊の魔法で、ルリジオたちを通り過ぎて魔物の女王の目の前まで運ばれた。


「ォァァァァア」


 急に現れた巨大な布で唐突に目の前を塞がれた魔物の女王は、何が起きたのかわからないといったように首をかしげると、再び鳴き声をあげて頭をもたげる。

 目の前の布をどけようと魔物の女王が巨大なドレスに手をかけると、バチンと巨大な音が鳴り響き、魔物の女王は苦しげな表情になり動きを止めた。


「動きは止めた。後はこれを上から被せればいいのか?」


「さすがアビスモさん!仕上げに背面の編上げが残っているけど、それは今から俺が仕上げるんで」


 動きを止めた魔物の女王の頭上に裾が来るようにドレスを持ち上げたアビスモは、隣で創造の魔法を発動して仄かに光っている信へ呼びかける。

 信の言葉に驚きの表情を浮かべたアビスモは「おもしろい」と薄い唇と愉快そうに持ち上げると、浮かべたドレスを一気に下へ下ろす。


「完璧なタイミング!」


 アビスモが魔物の女王にうまくドレスをかぶせるのを確認して、信は再び指揮者のように手を優雅に降り始める。

 信の手振りに呼応するように光の球がルリジオの元まで飛んでいき、ルリジオが持っていた袋から魔物の女王の頭まで届いてもまだ余るくらいの革紐を取り出す。革紐を持った光の球たちはあっという間に魔物の女王の背後に回ると、大きく開いていドレスの背中にある生地と生地をうまく重ねて編み上げていく。


「これで仕上げだ」


 口をパクパクと開閉して軽く痙攣をしていた魔物の女王が、やっと頭を動かし、自分の身体にまとわりついている布を剥ぎ取ろうと手を動かすのと同時に、信は高く掲げていた指をパチンと鳴らしてみせた。

 信が鳴らした指の音と共に、ドレスの腰辺りにふわふわと浮いていた銀色の透けるくらい薄い布が切り離され、魔物の女王の方と胸元を覆う。

 胸の谷間が見えるようで見えないようにケープで覆われ、腹の部分からは鱗で覆われた肌がちら見しつつ綺麗な縦長のヘソも見えるロングドレスに見を包まれた魔物の女王は、ケープで胸元を覆われた瞬間に再び動きを止めた。しかし、今度は魔法で動きを止められたのではなく、自らの意志でゆるやかに動きを止めたかのように見える。


「…これはどういうことなのです」


 澄み切った声が柔らかく響き渡る。

 その声は、魔物の女王の花びらのような形の唇から発せられたものだった。


「どういうことだ…」


 その場に立ち尽くして目を見開いているオノールの肩を信はそっと支えて微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る