第2話 叶えたい夢

「いや…絶対無理ですって…。

 会話はよく聞こえなかったですけど、多分この人ちょっと異常なだけの人ですよ…」


「いや…私は信じたいのです…彼ほどの熱意がある人ならきっと成長してこの滅びかけの世界を救ってくれると。

 彼と同じように豊満な乳房を愛する英雄が世界を救ったと異世界女神交流会でも耳にしたことがありますし…」


「貴女がそういうのなら…私は構いませんけど…。

 いいんですね?勇者は世界歴1000年に一人しか呼べないんですよ?

 貴女が治める時代は、多分この勇者が成果を出さなければ滅びます」


「構いません…。私は、彼こそが闇の力に溺れてしまったかつての月光の女神の心を救えると思ってるのです…」


「わっかりましたー。

それでは、第ҘӞ-2ҥエリア太陽系第三惑星日本2018年9月9日深夜3時に交通事故で死亡予定の22歳の男性:仰木おおぎ しのぶを第-ητϨͼエリアμ4luϣΤϹ 68999年Χtξp神殿の降臨の儀へと転送いたします。

 それでは、良き世界の修正を…」



※※※


「確か俺は…」


 ヘッドライトに照らされてホワイトアウトしたかのような視界の中、夢の中で聞こえる話し声のような…どこか遠いところで行われていた会話はどうやらあながち全てが夢や幻聴ではないらしいということに気が付いたしのぶは辺りをきょろきょろと見回した。

 自分がいたはずの小洒落たバーは跡形もなく、白っぽい石で作られた神殿のような場所に自分が立っている上に眼の前には、全身真っ白の衣に身を包んだ金色の髪の女性が静かに佇んでいるのを見てしのぶは驚きの表情を浮かべ、そして息を呑む。

 彼女のゆったりとした白い衣に包まれた胸部がゆったりとした山形のラインを描いていたからだ。


「シノブ…貴方はこの世界を救う勇者として貴方のいる世界からここ…ヘブリーンへ召喚されたのです。

 わたくしは、ミトロヒア…この世界の神の一人です」


 女神ミトロヒアは、透き通った真っ青な瞳でしのぶのことを見つめながら徐に彼の手を取って両手で握りしめた。

 信じられない光景を目の前にして圧倒されているように見えるしのぶは目を丸くしたまま話を聞いているようだった。


「唐突な話でしょうが、どうかわたくしの言うことを信じてください…。

 時間がなくて、詳しいことは話せませんが、わたくしの力の一部を貴方に授けます。

 それで北の果てにいる魔王と呼ばれている存在を討ち倒してほしいのです…。

 ただでとはいいません…もし、魔王を討伐した暁には願いをなんでも一つ叶えることをお約束します」


 いまいち乗り気ではないように見えるしのぶに危機感を覚えたのか、ミトロヒアは彼の手を自分の胸元へと持っていくと、露骨に谷間へと彼の手を埋もれさせた。

 これにはさすがのしのぶも驚いたのか、女神ミトロヒアの美しい人形のような顔とふっくらとした自分の手が埋まっている胸部を交互に見て小さく「は?」と声を出した。


「貴方が豊満な乳房を好んでいるのも知っています。

 なので…世界を救った暁にはもちろん、貴方が望みさえすればわたくしのこの体を自由にする権利も…」


 女神ミトロヒアが彼の手を離し、スルスルと肩から純白の布を脱ぎ、谷間が露わになったところで、しのぶは、彼女の手を掴み、その行為を止めた。

 「え?」と小さな声を漏らした女神ミトロヒアの顔を、しのぶは、切れ長の整った目で見つめると、こう言った。


「その谷間をしまってくれ」


「え?でも…貴方は大きな乳房が好きなのでしょう?」


「大きな乳房は好きだ!でも違うんだ…。

 乳房が好きな人間が全員谷間や露出を望むと思うなよ!」


「ご…ごめんなさい」


 あまりの迫力につい謝ってしまいながら、女神ミトロヒアはしのぶに言われたとおり服装を整えて強調しようとしていた谷間を隠すとシュンと叱られた子犬のような顔をしてうつむいた。


「俺の方こそ初対面の女性に強い言葉を使ってしまってすまない」


 しのぶは、女神ミトロヒアに頭を下げてそういうと気まずそうに鼻の頭をかいて目を泳がせた。


「その…全然状況はよくわからないんだけど、勇者ってのになれば願いがなんでも叶えられるんですね?

 それなら俺やります」


「本当ですか?」


 自分の両手を自分の手で包むように触れながら、ぱぁっと顔を明るくした女神ミトロヒアの瞳を、最初とは違って決意の漲るような強い光の宿った目でしのぶは見つめ返す。


「叶えたい夢があるんです。

 俺、おっぱいの下の空間に住みたいんです。それも、着衣で下着…この世界にもあるのかな…ないのならそれを作るのもお願いしたいんですけどブラジャーっていうこう…ワイヤーで胸の下部を支える胸当てのような女性の下着がないとだめで、しかも女性には服を着ていてもらいたいんです。

 仰向けになった女性の胸の下部の空間、胸の頂点から下肋部へとかかる洋服の天井を見ながら乳房の下部からうっすら漂う汗と洗剤と香水の混ざりあった最高の気体が存在する幸せ空間で深呼吸をして眠りに落ちたいんです…。

 素晴らしい胸の持ち主はもちろん自力で探します。ミトロヒアさんもすごく美しいですし、理想的な人材ではあるんですが、申し訳ない。まだこの世界を知らないもので最初の一人をいきなり運命の…俺が住みたい乳房の人と決めるわけにはいかなくてですね…いや、失礼なことを言っているのは百も承知です。

 しかし…」


 女神ミトロヒアの手のぬくもりが感じられなくなったことに気が付いたしのぶが話を中断して彼女のいる方向に目を向けると、小さな光の粒に囲まれた彼女の姿が少し透けている。


「あ、あの…わかりました。大丈夫です。

 と、とりあえずわたくしには時間がないのでその…力だけ譲渡して遣いのものを呼んでおいたので…その…ごめんなさい」


 話足りないとでも言いたげなしのぶの顔を見て、少し怯えたような表情を浮かべて謝りながら、女神ミトロヒアは光の中へと消えていった。

 残されたしのぶは、彼女が消える間際に言った「この世界をお願いします」という言葉を噛みしめるかのように、彼女がいた場所を見つめていた。

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